◆ アイルランド 6部作                        【読書93〜98】


 リンクスは、大河が運んで河口に堆積した砂が、強風と波の働きで陸地に押し上げられ、有給の時間をかけて造った広大な砂丘である。農耕にも適さない、海と陸をつなぐ荒野…。羊たちが草を食んだところがフェアウエイやグリーンになり、強風を避けるために羊や野うさぎが身を隠した穴がバンカーとなった。
 世界の有名なリンクスコースが集まるアイルランド…。これだけ本を読めば、あとは出かけるだけである。


【93】定年後は イギリスで リンクスゴルフを愉しもう   (亜紀書房 山口信吾)


 筆者 山口信吾氏は、大手建設会社に勤務するサラリーマン。下で紹介する「リンクスランドへ −ゴルフの魂を探して−」(マイクル・バンバーガー)を読んで触発された彼は、50歳を過ぎたある年、スコットランドを訪れ、セントアンドリュース、カーヌスティ…などのコースを巡る。
 このたった一度の旅でリンクスの魅力に取り付かれた彼は、それから毎年、イギリス、アイルランドのリンクスコースを訪ね、さらに、あと一年後に迫っている定年の後は、セントアンドリュースの南にあるイリーという人口900人の小さな村に住むつもりだという。ゴルフクラブハウスという名前のリンクスコースに入会し、フェアウエイに面した、素晴らしい眺めの家に住むと…。



【94】リンクスランドへ −ゴルフの魂を探して− 
               (朝日出版社 マイクル・バンバーガー著、菅 啓次郎訳)


 上の山口氏が「この本を読んで、リンクスの魅力を知った」と書いていたのを読んで、amazon.comへ注文し、送ってもらった。
 自分のゴルフに、技術的にも精神的にも飽き足らないものを感じていた、著者のマイクル・バンバーガーは新聞記者を辞し、新婚の妻は広告代理店を辞めて、ゴルフの奥底を追求するための旅に出る。
 ワトソン以降のアメリカのゴルフには停滞しかないという彼は、創造性と洗練と独自のスタイルを持つヨーロッパツアーを転戦する、ピーター・テラヴィネンのキャディになり、キャディとしての立場から、ツアーのゴルフを見ようとする。
 命を絞るように一打を打つプロゴルファー…、キャディバスと呼ぶ安価な乗り合いバスでツアーを回るテラヴィネン…、バレステロスは天才であるということ…、幼馴染でありながらメジャーチャンピオンのウーズナムとシード権におびえるテラヴィネンの光と影…、「肝心なことは、自分自身を知り、そして恐れないこと」…、初めてニクラウスと回ったとき、その前夜は一睡もできなかったプロゴルファー・テラヴィネン…といったゴルフの世界を、彼はキャディという目を通して見る。
 半年間のキャディを辞めて、マイケルはスコットランドのリンクスコースをプレーして歩く。旅の途中で、「どんな二人の人間にも同じ教え方をすることはないし、ゴルフのことは表も裏も知り尽くしている」師匠ジョン・スタークに弟子入り。スタークは彼に言う、「スコットランドでは改まってゴルフを教えるということはなかった。親子でコースへ出ると、父親がやっていることを見ていただけだ。リンクスランドを旅したまえ。ゴルフは海から生まれたものなんだ」。
 セントアンドリュースで、95を叩いたマイケルは、再びスタークの元を訪ねる。数個のボールを打った彼に、スタークは言う。「スイングの適切なテンポを感じるためには、スイングを聴かなくてはいけない。いいショットをするためには、いいショットにつきものの音を生まなくてはいけない」。
 クルーデン・ベイで散々なパットをしたマイケルは、またスタークを訪ねる。「焦点を合わさなければならないことは、よいインパクトのみがよい音を生むということ」。


 海と陸のハザマに生まれたリンクスは、ゴルファーを育てる。雨や風はゴルフが自然とともにあるスポーツであることを教えてくれるし、バンカーの縁に身を寄せて強風をしのぎ、雨を通さないごわごわの合羽を着ていても、正確でタフなショットをする、強靭な精神力と体を具えてこそ、ゴルフは上達すると、そう筆者は言っているのだと思う。




【95】愛蘭土(アイルランド)紀行T・U (朝日文庫 街道をゆく30・31 司馬遼太郎)


 リンクスゴルフの素晴しさを礼賛する2冊を読んで、究極のアイルランドを読んでみようと思った。1988年、2週間に渡ってアイルランドを訪れた、司馬遼太郎氏の紀行である。


T アイルランドは北海道と同じほどの大きさ。緯度はカムチャッカ半島とほぼ同じだけれど、メキシコ湾流と偏西風のおかげで、年じゅう中暖かく、200日はこまかい雨が降る。。
 アイリッシュ気質は、頑固・怠惰・毒舌・子沢山。アイルランドを語るとき、この島の英国による800年に及ぶ支配・略奪・虐待を抜きにすることはできない。借地の3分の2で英国地主に納める作物を作り、残った土地に自分たちの食物を作ってきた人々は、そこにジャガイモを植えて食をつないできた。1760年には150万人であったアイルランドの人口は、ジャガイモによって80年後に900万人になったというが、1845〜49年のジャガイモ大飢饉は、種芋までを食べてしまう悲劇をもたらし、100万人が餓死…、150万人が国外へ移民した。その後100数十年を経て、アイルランドの人口は350万人であるが、アメリカのアイルランド系人口は4000万人、ケネディ、レーガンらの大統領を生んでいる。


U アイルランドの山野には、至るところに妖精が住んでいる。では、かの地の妖精とはどんなものか。イェイツの「妖精物語」の稿を孫引きしてみよう。
 『 しっ、静かに。今この工場の中にいるんだ、20人ほどいるぜ。やつらにゃ全く困るよ。チョコチョコ暴れまわって悪戯をやらかすんだからな。… ほら、糸巻きのところを2人走っていやがるだろう。2人ともおれの古い馴染みさ。あのかつらを被った爺(じじい)はジム・ジャムってんで、あの三角帽をつけたもうひとりのやつは、ニッキー・ニックってんだ。ニッキーは笛を含んだぜ。』
 アイルランドの人たちは、妖精たちを悪い仲間を紹介するように愛をこめて言う。日本の八百万の神々は神仏習合という知恵のもとで、原風景の中に生き残っている。八幡神は八幡大菩薩となり、ほかに権現や山王などと呼ばれたり、野山に隠れたものは天狗やカッパになった。ただ、キリスト教はアイルランドの妖精たちの存在を許しはしない。
 『… 司祭様が来たぞ! その瞬間、妖精たちは四方八方に逃げ去ってしまった。』
 かれらは、キリスト教の神にはあわれなほどおびえ続けてきた。言い換えればそれは、アイルランドの歴史そのものであるのかも知れない。
 


【96】司馬遼太郎の風景8 NHKスペシャル「愛蘭土紀行」   (日本放送出版協会)


 司馬遼太郎氏の「愛蘭土(アイルランド)紀行」をもとに、NHKスペシャル「街道を行く」の最終回放映分の取材記である。1999年に放映されたこの番組の印象は、この年にアイルランドへ行き、リンクスコースの手強さに新たな魅力を見出した私に、強いインパクトを残した。
 「アイルランド人は、客観的には百敗の民である。が、主観的には不敗だと思っている。…たれが何といおうとも、自分あるいは自民族の敗北を認めることがない。 … いつも負け続けでありながら、その幻想の中で百戦百勝しているのである」
 田村高広の訥々とした語り口から発せられる一言一句が、今も鮮明に耳の奥に残っていて、鮮やかにそのナレーションを再現することができる。
 クロムウェルによるアイルランド制圧では大虐殺が行われ、土地を略奪されたアイルランドの民はこののち理不尽にもそのほとんどが小作人となった。プロテスタント(新教徒)によるカトリック(旧教徒)の弾圧という、この民族の悲劇を、司馬氏は、「宗教は、水か空気のようである場合はいいが、宗教的正義という最も悪質なものに変化するとき、人間は簡単に悪魔になる」と記す。


 この稿を書いていて、放映時の映像の断片が思い出される。タラの丘で祈りの踊りをまう婦人たち…、風と岩のアラン島の岸壁で、その夜の一家の夕食を釣る男…、海岸に漂着する海草を丘の畑に運び、土作りに励む農夫…、「この島は好きだけれど、将来は島を出たい」と話す赤いほっぺの娘…。全てが、ビートルズやジョン・フォード、そしてジョイス、イェーツ、ラフカディオ・ハーンらを生んだ、アイルランドの風物詩である。



【97】図説 アイルランド
  (上野 格・アイルランド文化協会 編著、河出書房新社)


 アイルランドの地誌・歴史・文化などを、豊かなカラー写真とアイルランド文化研究会の資料でつづる、アイルランド解説書である。
 先にアイルランドを訪ねたとき、東部の首都ダブリンから西の中心都市ゴールウエイまで車で走ったが、表土に覆われた東部から西へ走るにつれて、岩肌の露出する丘陵とヒースや潅木が自生する荒野を目の当たりにした。今、この本をめくってみると、
 「地獄行きか、それともコノハト(西部地域の呼称)行きか」
 英軍兵士がアイルランドに乱入したとき、アイルランドのカトリック教徒たちは、過酷な自然条件と不毛の土地とされるコノハト地方に移住させられたのである。ほとんど表土のない岩盤、容赦なく吹き渡っていく風。けれども人々は、長年にわたって丹念に岩を取り除いて石垣を築き、羊や牛の放牧を行って生計を立ててきた。
 それゆえに、西部コノハト地方は、ケルトの遺跡をどこよりも色濃く残している…とある。



【98】アイルランド   (アイルランド大使館監修、NTTメディアスコープ企画出版)


 アイルランド大統領が女性であることを、この本を見てはじめて知った。しかも、メアリー・ロビンソン大統領は、1995年に来日され、宮中晩餐会で両国の友好と文化経済の交流増進を深めていこうとスピーチされている。


 国旗 緑・白・赤の縦縞。 紋章 アイリッシュ・ハーブ。 国歌 戦士フィアナの歌。
 国花 クローバーに似た 三つ葉のシャムロックの葉
    (アイルランドの聖人パトリックは、この葉を用いて、キリスト教義の三位一体
      …父なる神・子キリスト・精霊… を、ケルト人たちに解り易く説いた)
 地勢 最高峰 キャラントゥール山(1040m)、最長河川 シャノン川(350km)
 気候 夏 14〜16℃。  冬 4〜7℃。   年間200日ほどの驟雨。
 人口 350万人(労働者人口80万人)


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