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彼 岸 花 (三重県津市一志町石橋)  2007.10.05


 昨日の朝 ジリリーンと電話…。 「久しぶりに晴れたから ゴルフ行こう。 割引券 あるから」と 同級生のワタルくんからの誘い。家から30分の「一志GC」へ行ってきました。
 5年ぶりぐらいに行ったのですが、グリーンはボールマークが多くてゴトゴト…。ボールの落下でできた穴を埋めてないのです。2日ほど雨が続いたせいか、フェアウエイの芝も刈っていない。
 10月はクラチャンの月なのに、こんな状態でクラチャン戦をやっているのでしょうか?
 まぁ 僕たちもいい加減なゴルフですから、コースに文句を言う筋合いではないのですが…。
 フロントからは短いコースで、41・40の81。飛ばなくなった…と嘆く僕でも、パー4のホールのセカンドは、ほとんどショートアイアンですから。


 帰り道、稲刈りが終わった田んぼのあぜ道に、彼岸花が鮮やかに咲いていました。このところ家に篭りがちで(昼は外へ出ないので…と言うべきですか)、今年、はじめて見る彼岸花です。
 早秋の気配が漂うころとはいうものの、まだまだ深い緑に包まれている里山の景色の中で、鮮烈に燃える彼岸花の赤色を、車に積んでいたデジカメでパチリと撮ってきました。
  
 彼岸花のさかりは、およそ1週間…。あの、燃えるような赤い花を咲かせたあとは、程なく色あせて 散ってしまいます。
 花が散ってから葉が出てくるので、花と葉は出会うことはない。それで韓国では、相思花≠ニ言われているとか。花は葉を思い、葉は花を思う、しかしお互いは決して出会うことはない…という意味が込められているのだとか。


 彼岸花の別名はたくさんあって(1000例以上あるとも言われています)、「幽霊花、死人花、捨子草、厄病花、火炎花」…など あまり良い名前でないものも多いようです。子どものころ、「あの花は、取って来ちゃいけないよ」と、お母さんに言われたと話す人もいますが、縁起の悪い名まえのせいでしょうか。それとも、茎にアルカロイド(リコリン)という有毒物質を含むので、子どもたちが手にすることを禁じたのかも知れません。確かに茎を噛んでみるととても苦くて、別名「舌曲がり」とも呼んでいた記憶があります。
 でも、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)≠ニいう名まえは 「天上の花」という意味…。おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天から降ってくるという仏教の経典の中にあるお話に由来しています。法要でいう散華ですね。とても縁起の良い、素敵な名まえです。
 
 少し詳しく言いますと、曼珠沙華とは天上に咲く四華の一つで、見る者の心を柔軟にするといいます。四華とは、法華六瑞 (法華経が説かれる時に現れる六つの瑞相) として空から降るという、四種の蓮華(れんげ)のことで、曼珠沙華はそのうち紅蓮華のことを指して言います。
 ちなみに、白蓮華は曼荼羅華(まんだらげ)、大白蓮華は摩訶(まか)曼荼羅華、紅蓮華が曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、大紅蓮華は摩訶曼珠沙華と言います。

 
山口百恵のヒット曲「曼珠沙華」は「まんじゅしゃか」と読ませていましたが、曼珠沙華は梵語で(manjusaka)と発音されますから、(まんじゅしゃか)のほうが原語に近いといえるようです。「manjusaka」が中国に渡って「曼珠沙華」という漢字になり、日本に伝わったときに「まんじゅしゃげ」と読まれたのだというのが僕の説ですが、さて如何でしょうか。
  
 花言葉は、悲しい思い出∞思うはあなた一人∞また会う日を≠フ3つ…。激しい赤色とはウラハラな、なんか可憐な花言葉ですね。


 「道の辺(へ)の  壱師(いちし)の花の   灼(いちしろ)く 人皆知りぬ   わが恋ふる妻」


 灼(いちしろ)く…は はっきりと、激しく≠ニいった意味。壱師(いちし)の花は、彼岸花のことだと言われています。
 【万葉集 巻十一】に収められている、柿本人麻呂の作だとも、読み人知らずだとも言われていますが、全20巻4500首に及ぶ、万葉集の収録歌のうち、彼岸花を詠んだものはこの一首のみとのことです。
 (道端に咲いている彼岸花の鮮やかさのように はっきりと皆さんが知ってしまいましたよ。私が恋する妻(恋人)のことを…)といった意味でしょうから、彼岸花の灼熱の赤は、深い愛情の象徴だったということですね。


                                
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