【21】三千院秘仏ご開帳と川床料理「富美屋」            (2002.9.8)


 9月7日から、いつもの仲間とスコットランドへ出かけることになっていた。ところが、お盆過ぎに母上が心筋梗塞で入院し、医師に「連絡のつくところに居てください」と言われて、断念のやむなきに至った。で、昨日から、京都に来ていかすかに色づく三千院の紅葉る。
 市内から高野川を遡ること12q、大原の里の東の山麓に代々皇族の男子が法灯を受け継ぐ門跡寺院「大原政所」を「三千院」と改めたのは明治四年のことである。その三千院のご本尊薬師如来さまが、開闢以来はじめて一般に公開されると聞いて、何はともあれご尊顔を拝し奉らねばと飛んできた。
 1200年の時を経て黄金に輝き、かすかに微笑まれる立ち姿は、あやしく優美であった。御仏は男体でも女体でもないと聞いた覚えがあるが、観世音菩薩の母なるやさしさに対して、口ひげをたくわえられた薬師如来は父の慈愛を湛えておられる。何よりも1200年の長きに亘って、宸殿(しんでん)の扉の奥に佇んでおられたことだけでも神秘的であった。
 鴨川の川床
 午後8時30分、先斗町の「富美屋」へ出かけた。京都の友人は、「夏の盛りの床席は、夜も全然涼しくなくて、暑いだけだ」と言う。
 でも今夜は涼しくて、半袖のスポーツシャツでは少し寒いぐらい。9席の床は満席。昼過ぎに予約の電話を入れたのだけれど、川縁の席を確保してくれてあって、つい来年の8月16日(大文字焼き−五山の送り火)の予約も頼んできた。


富美屋 小エビの揚げ物
 『夏は河原の夕涼み 白い襟あし ぼんぼりに かくす涙の口紅も 燃えて身をやく大文字 祇園恋しや だらりの帯よ (祇園小唄 2番)』
 先斗町の舞妓さんは5人になってしまったと言っていた。宮川町などから応援にきてもらっていると…。気がつくと午後10時をまわっている。いつの間にか周囲に客の姿はなく、また最終の客になってしまった。


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