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メトロポリタン・オペラ「ラ・ボエーム」  2011.06.04


 愛知県芸術劇場にメトロポリタン・オペラが来日した。チケットがなかなか取れずに、半ば諦めかけていたところ、約1ヶ月ほど前に、中京テレビに勤める友人から「取れた」と連絡を貰った。中京テレビは、この名古屋公演を主催している。


← 今回の公演の公式案内書


 70数ページの豪華本だが、来場者に、無料で配布してくれる。


 今日4日の演目の『ラ・ボエーム』は、『トゥーランドット』『蝶々夫人』などを生んだ大オペラ作曲家プッチーニの傑作で、メトロポリタン劇団の代表的レパートリーのひとつである。
 
 
「ラ・ボエーム」のパンフレット →


 1830年代のフランス・パリを舞台に、アパートの屋根裏部屋で共同生活する芸術家の卵たちの甘く切ない青春の日々を描いている。貧乏詩人ロドルフォとお針子のミミの悲しい恋の物語を軸に、「私の名はミミ」「ムゼッタのワルツ」などの名アリアや重唱の数々、美麗な音楽が展開される世界的名作だ。


 午後3時開演。まず、メトロポリタン劇団の総裁ピーター・ゲルブ氏が挨拶され、「この度の大震災に際し心からのお見舞いを申し上げる。わがメトロポリタン劇団が、この震災のあと、最初に日本を訪れる劇団であることを誇りに思う」と述べたところでは、大きな拍手が巻き起こった。原発事故の影響で、確かに来日を取りやめたアーティストも多数いた中での来日である。


← 開幕直前の舞台。

 
 
ピーター・ゲルブ氏はこの幕の前に立って挨拶された。


 次に、舞台の前の演奏溜りにいるオーケストラの紹介である。演奏者は、100人はいなかったなぁ。




 第1幕、開始楽章。ロドルフォの部屋へろうそくの灯りを借りに来るミミとの出会い。ミミは自分の部屋の鍵を落としてしまい、床の上に落ちていたその鍵を見つけたロドルフォはミミに渡さずにそっとポケットに隠してしまう。
 第4幕でミミは亡くなる前に、苦しい息の下で、「あの時、あなたは鍵を見つけてポケットに隠したわね。私はそれに気づいていたけれど、知らない振りをしたのよ」と歌う歌声がいじらしい。


  月の光が差し込むロドルフォの部屋で話し込む
          ロドルフォとミミ(パンフより) →



 第2幕、スケルツォ。ミミを誘って、町の居酒屋に繰り出すロドルフォ。そこには、先に出かけていた画家のマルチェッロ、哲学者コッリーネ、音楽家ショナールが待っている。
 町の雑踏を描いた、この舞台の華やかなことはどうだ。2段にしつらえられた舞台上には、200人は下らないと思われる人物がいた。マルチェッロの昔の恋人ムゼッタが登場する場面では、本物の馬が引く馬車での登場である。


← 2段舞台(パンフより)


 たくさんの子どもたちは、名古屋の少年少女合唱団などに所属している子どもたち…。メトロの舞台に立てるとは、子どもたちにとっても貴重な経験だろう。
 このシーンのハイライトは、町を行く軍楽隊の行進だ、2段舞台の階段を50名ほどの軍楽隊が降りてきて町を横切っていく。


 25分間の休憩。ロビーには、きらびやかなドレスやにおい立つような和服を召した麗人たちでにぎわっていた。記念品売り場なんか、あまりの人混みで近づくこともできない。


 第3幕、緩徐楽章。雪が舞い散るパリ郊外。ロドルフォは「今のような貧乏暮らしでは、ミミの咳が悪化するばかりだ。別れようと思う」とマルチェッロに告白。それを物陰で聞いていたミミが姿を現して歌うアリア『あなたの愛の呼び声に』は、哀切のソプラノで、涙なくしては聞けなかった。
 「春になったら別れよう。あとくされなく」と二人は歌い、愛し合いながらお互いの気持ちを汲んで別れていく。


   雪の降る街道…。モノクロの色彩構成の舞台は、
     叙情的であった。(パンフより)    →



 再び、25分の休憩。10階にある、カリフォルニア料理レストラン『ウルフギャングパック レストラン&カフェ』に、終演後の食事の予約に行くも、満席ですと言われてしまった。
 経営者のウルフギャングパック氏はアメリカにおいてユニークな料理と店舗デザインを展開し、アカデミー賞授賞式後のパーティーのケータリング総責任者を務めるなどで活躍している。この有名レストランを、今日の予約だなんて、行くほうがどうかしてるって…。


 そして第4章、フィナーレ。心の底ではロドルフォを愛していながら別れたミミだったが、容態を悪化させ、ロドルフォのもとへ担ぎ込まれる。最初の出会いや幸せだった日々を思い出して歌う『二重唱 みんな行ってしまったの?』の哀切な歌声には、思わず涙してしまった。、
 弱りきったミミを見て、ムゼッタや同居人の皆んなも大活躍…。哲学者のコッリーネは一張羅の外套を質入れに行き(脇役では唯一のソロ曲「古い外套よ」)、ムゼッタは自分のイヤリングを売って薬を買ってくるようにとマルチェッロに頼む。貧しいがゆえに暖かく強いボエーム(ボヘミアン、放浪芸術家)たちの連帯が、強く胸に迫る。


 ロドルフォの腕の中で、息を引き取ろうとするミミ(パンフより)→
 

 チェロとコントラバスのピッチカートが低くポンと鳴った。ミミが息を引き取ったのだ、
 ロドルフォが絶望の叫びを上げる。「ミミ」「ミミ」…!
 一人の男の深い悲しみを漂わせて、全曲の幕が静かに下りた。


 ミミ役を演じることになっていたロシアの歌姫アンナ・ネトレプコの歌声(と美貌…)を楽しみにしていたのだが、彼女はチェルノブイリ原発事故を体験していて、今回の福島原発の問題を乗り越えられずに来日を断念。でも、代わったバルバラ・フリットリも、ミミ役では定評のあるソプラノ…、十分すぎる歌唱を聞かせてくれた。
 オペラはマイク無しの歌唱である。歌手たちの熱唱は、心に響く。メトロポリタンの歌手やオーケストラが超一流なのはもちろんだが、第2幕の2段舞台や第3幕の美しい雪のシーンなど、奥行きのある芸術的なセットも大いに楽しむことができた。
 その舞台で繰り広げられる若者たちのピュアな恋模様、そして死によって引き裂かれる深い悲しみ…。エンディングの静けさは、メトロポリタン・オペラの豪華な盛り上がりを期待した章くんにはちょっと物足らない感じも残ったが、あとで振り返ってみると、静謐さが余計に深い感動と涙を誘う作品であった。


 いつかまた、ニューヨークのメトロポリタン劇場へ行かなくちゃ!

                                
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