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金 沢 紀 行  その 割烹「むら井」2014.06.13-15

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 金沢香林坊の表通り、国道157号の日銀前交差点から西へ一本入ると、小さな小川沿いの小路…、「せせらぎの道」と呼ばれる小道があります。
 その小道を川沿いに北へ歩くと、小さな橋の向こうに階段が見えました。金沢の地物の素材にこだわり、「人に思いやり、料理に真心、季節のめぐみたいせつに 後悔させません」を看板にかかげる、割烹「むら井」の裏入り口への階段です。

         
この橋を渡り、左手の階段を上がります。→


 店に入ると8人ほどが掛けられるカウンター席と、4人のテーブルが置かれていました。上の階には5つの部屋席があって45人ほどの客を入れることができるのだとか。
 時刻は午後7時30分、すでにカウンターには二組の男女と一人の男性客、テーブルには家族連れらしい3人の客がありました。カウンターコーナーの空き席へねじ込んでもらって着席…。

 ↑ カウンターにずらりと並べられたボトルには、よく知る芸能人のネームプレートが懸けられていました。みんな、店を訪れる人たちなのだとか。『五代夏子』の名前を見つけて、「今度来たときは、電話してね」と言ってきたのですが、我が家から金沢までは3時間半ほどはかかるから、夏ちゃん、そんなに長くは居ないかな。

   
カウンターに座って、まずは「能登マグロ」から →

 ここ何十年かの間に、能登輪島沖に50kg超のマグロの群れが回遊するようになったのだとか。能登にマグロが初めてやってきたころは、漁師はマグロの扱いを知らずに、随分と立派なマグロを台無しにしてしまったことがあった…との昔話を聞いた。マグロはすぐに臓物を出さないと熱を持つので、あっという間に痛んでしまうのだと。
 
 さすがは近海ものと言うべきか、生ものゆえの色艶と赤身のやわらかさにも跳ね返す弾力があるし、また何よりもその安さがありがたい。一口ほおばると、やや厚いめの切り身が口の中を占領してしまいました。
 次に頼んだのは、金沢へ来れば避けては通れない「のどぐろ」くん。正式名はアカムツ、口の奥が黒いので「のどぐろ」と呼ばれ、北陸・山陰では高級魚とされています。

← 日本海名産の「のどぐろ」の焼きもの

 旬は秋から冬ですが、市場へは通年出回っていて、アカムツの名の通り、赤い色をしたムツの意味。「むつ」とは「脂っこい」ことを「むつっこい」、「むっちり」言うように脂っこい魚という意味合いです。
 白身で脂が身に混ざり込んでいるからか、程よく柔らかいし、クセのない味わいです。新鮮なものの刺身は素晴らしい。口の中でとろけるような味わいなので、この「のどぐろ」を「白身のトロ」と言う人もいますが、まさに言い得て妙と言うべきです。
 今日は、皮を引かないで焼き霜造り…、旨味も脂も皮下にあります。魚好きの章くんは、魚を食べるのも名人級で、10分後には頭と尻尾と骨だけになった「のどぐろ」くんが、満足そうに皿の隅に鎮座していました。

 次のこれは「むら井」の板さんの創作料理で、甘海老と白身魚をすり合わせて練り上げ、からっと揚げた「甘海老団子」です。日本海産の甘エビはそのままで十分に甘く美味しいのですが、ひと手間加えることによって、その味は千変万化…、この「甘海老団子」はカリッと香ばしい。 

 
 「甘海老団子」→

← 河豚の白子

 章くんが満を持して頼んだ、今夜の最後の一品。「天ぷらにもできますよ」と言ってくれたけれど、章くんは塩を振ってこんがりと焼き上げられた焦げ味が好き。「石焼にして」と注文したところ、焼き上がるまでに20分ほど待ちました。
 ちょっと小ぶりの白子が3個、皮はこんがり、中はジューシーで、とても風味良く仕上げられていました。
 待ちかねたので、運ばれてきたものにすぐに箸を入れてしまって、写真を撮り忘れてしまいました。半分食べたところで気づいたのですが、写真も半分…(笑)。

    「むら井」の東側の玄関。西へ落ち込んでいる地形なので、西側から
    入ると、階段を上らなくてはならないのですが、この東側玄関からは
    そのままカウンターのある一階の店へ入っていくことになります。→


 隣に座っていた40がらみの男性の飲みっぷりの良さに、章くん、めったに初対面の人に声を掛けるなどということはしないのですが、「美味しそうですね」と言うと、「日本海の酒と魚のために、私は名古屋から金沢へ移り住んだのです」という粋な答えが返ってきました。
 その言たるやよし…とさらに話を続けていると、「私、小学校は三重県津市の高茶屋小学校を卒業しました」と言うではありませんか。章くんが「僕は津から来たのです」と言うと、「あそこの角を曲がると…」と、しばしふるさと談義が続きました。
 まさか、金沢のぶらりと飛び込んだ割烹の止まり木で隣り合った人と、津市の昔話をするとは、縁は異なもの味なものと言わねばなりません。日本海の酒肴とともに、人の世のめぐり合いに、摩訶不思議な味わいを覚えた、金沢の一夜でした。

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