【物見遊山8】 年増女の豊潤な味 伊賀肉「金谷」   (2002.6.23)       
  
伊賀肉「金谷」のすき焼き
 夕方5時、何を食べようと考えながら、お店を探して上野市へ来てしまった。電柱の元祖伊賀肉「金谷」の看板を見て、ふらっと入った。
 「ご予約は…?」。5分前までは、伊賀名物コンニャクでも食べようかと思っていたのだから、あるはずがない。カウンターの兄ちゃんが、「ご予約はされてないのですが、よろしいですか」と、2階の座敷のおねぇさんに電話して聞いている。
 スリッパに履き替えて階段を上がると、ずっと伸びる長い廊下に沿って、10ばかりの部屋が並ぶ。とにかく「寿き焼」。金谷のすき焼は、上も中もなく6000円の一手である。座布団を並べてくれる人、お茶とお絞りを出してくれる人、鍋を据えてくれる人、肉と野菜を運んでくれる人…、それが全部違う人で、和服にエプロン姿の別嬪が入れ替わりあらわれる。炊いてくれる人ももちろん新しく代わって、こ伊賀肉「金谷」れがまた色気の香るお姐さんであった。
 いぶし銀をまとったようなすき焼き肉を、白砂糖と地の醤油で味付けする。何かの本に、箱入り娘のしなやかさの松阪肉に対して伊賀肉は年増女の豊潤な味だと書かれていたのを読んだ覚えがあるが、軽くあぶった霜降りの肉に砂糖をまぶして醤油をさらっとかけ、割り卵に通してほおばると、豊かな肉汁が口いっぱいに広がる。年増女の深情けとはこの味か?!


 春に海津大崎の桜を訪ねたとき、帰りに寄った近江八幡の「毛利志満」は、ザラメ砂糖を最初に敷いて、その上に近江牛を乗せて食べさせてくれた。ここ金谷の寿き焼は、素材の素晴らしさは甲乙がつけがたいが、炊き方は昔ながらのもので、我が家の味付けとそれほどの違いはない。素材の味を生かした上でのもう一工夫があれば、さらなる妙味が味わえることだろう。
 すき焼の最後に、白いご飯を鍋にあけてすき焼汁でチャーハンを作った。汁の味がご飯に滲み込み(私は甘党だから、砂糖を足して甘味にした)、肉の脂がチャーハンの照りをつくる。「これ、美味しいからね、メニューに加えてね」と色香のこぼれるお姐さんに伝えてきた。




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