ソ連軍の侵攻に対するアフガンゲリラの戦いは、正当な権利であった。ベトナム戦争時のベトコンや、「誰がために鐘は鳴る」の舞台となったスペイン解放の共和軍にも、反体制の戦いではあってもそこには正当性があった。神出鬼没の戦いを得意としたけれど、彼らには姿と形があり、戦う相手は戦闘集団であったということが、彼らのゲリラ戦の正当さを保証しているわけである。
が、オサマビンラディンを初めとするアルカイダ一派とか、これを保護してジハードを叫ぶタリバン勢は、その戦いの方法において誤謬がある。テロはハーグ国政戦時条約に違反する存在であるし、加えて無辜の市民を巻き込んでの無差別殺人はどう言い繕おうとも許されることはない。
中東問題とか、アラブ諸国へのアメリカ軍の駐留とか、石油利権への干渉などといったさまざまの不当と主張する問題があるとしても、だからといって、テロが許容されるわけもないし、テロ集団に対してその勢力を殺ぎ(そぎ)殲滅することに、躊躇することがあってはならない。ここで米英軍の進攻を批判するならば、もはや世界はテロに対する抑止力を失う。
民間機を世界貿易センタービルに突っ込ませ、6000人に及ぶ民間人の命を奪った行為を見逃すわけにはいかない。テロは許さないということを、世界は共通の認識として明らかにするべきである。中東問題や石油利権の問題は、また別の次元で解決への努力をする問題であろう。
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