【66】株価1万円回復の意味するもの               (2003.7.12)


 「日本全体を論ずる議論には、誰にも責任がない」と村上 龍氏が書いていたのを読んで、このサイトへの発言をしばらく休んでしまった。確かに、政治や経済を論じる評論家諸氏は言いっぱなしで、自分の言論の結果に対して責任を取ったという話を聞いたことはない。不毛の論議の1ページを自分も担うのかと思ったら、『世界ゴルフ紀行』の小説版を完成させなければならない期日も迫っていたこともあって、ちょっと傍観者を決め込んでいた。
 しかし、現在の諸問題に、自分の論評が正であったか否であったかを検証していくだけでも、ものの見方を養うことができることは確かであるし、世の中に対する働きかけは社会的動物としての人間であれば当然やらなければならない責務であることを考えると、何らかの意思を表示しておくことは最低限必要であろうと思う。そこで、この稿を起こす。


 株価が、昨年8月以来10か月半ぶりに1万円台を回復した。4月24日のバブル崩壊後の最安値7699円から、3ヶ月足らずの間に30%の値上がりである。
 この株高は、イラク戦争に勝利したアメリカに景気回復の見通しが立つのではないかという展望が掲げられ、この予測をもとにニューヨークの株価が上がったことを受けての上昇で、あくまでも見通しを材料としているに過ぎず、アメリカ自体も実質経済が好転したことを受けたものではない。
 日本の株価は日本経済の実体に対して割安感がある。そこで、アメリカの景気見通し上昇で余裕を見せた海外資金が日本に流れ込み、今回の急激な株高を招いたわけだ。昨今の株取引の30%が外人投資である。
だからこの株高は、このまま推移していくことはなく、アメリカの景気見通しなどに敏感に反応して乱高下しながら、ゆっくりと回復基調に乗ることだろう。
 では、日本経済の本格的な回復はいつなのだろうか。それは、再来年…平成17年に劇的にやってくる。あと1年数ヶ月で不良債権や債務超過企業の一応の整理を終えて、平成17年度からは景気は着実な回復軌道に乗る。
 日本の不況は、これまでも繰り返して指摘してきたように、『政治不況』なのだ。利権政治・官業癒着・護送船団…などといった、旧体制下の利権でつながる社会構造を改革せずして、日本経済の回復はない。
 小泉政権が発足してから竹中金融相のしがらみのない改革に値を下げ、1982年11月16日以来20年5か月ぶりという7700円割れの株安に悲鳴をあげたのは、含み損計上で決算期を乗り切るのが危ぶまれた大銀行や株価崩壊の負債大企業と、それに繋がる旧体制政治家や経営者団体であった。この間、国民は50%を越える支持率を与えて改革を支持し、揺るがぬ意思を表示したのである。


 この株高を受けて、資金が株投資にシフトされた結果、国債の価格が低下している。銀行の多くは市場へ貸し出すことを渋った資金を国債の購入に充ててきた。国債価格の下落は、郵貯・簡保を含めた金融機関に深刻な影を落とす。
 もうひとつ、国債の下落に伴い長期国債の金利が上昇している。現在、国債発行残高は600兆円余。満期を迎えたものは償還か借換債を発行することになる。金利が上がれば国庫負担は増加して、ざっとした計算だが1%上がれば80兆円の国家予算に対して6兆円の負担増である。
 株価上昇という観点からこれからの日本経済を見るとき、いずれも忘れてはならない材料だろう。


 で、この発言について私はどのように責任を取るかというと、再来年には日本経済は再生するというのだから、全財産を賭して株を買うことにする。銀行預金からポケットに入っている小銭まで、全て合わせれば3万8000円ぐらいにはなるだろう。日本経済を左右する額には少し足らないか!



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