【70】 米、10年来の不作  − 日本の政治改革は 今 −     (2003.8.25)


 今年は冷夏と日本を縦断した台風10号の被害とで、米が平成5年以来の不作であるという。天候という自然現象を前にして、まだまだ人間は為す術がない。
 この自然現象をも自分達の懐を潤す材料にしようというドロドロの話を思い出した。「タイ・ゴルフ紀行」にも記した、今年の2月、タイへ行ったときに聞いた話である。
 『タイの稲作は、田植えは行なわない直播きで、1月と6月頃に収穫する2期作であるという。年中暑いのだから、作ろうと思えばも一面の水田っと作れるらしいが、そんなに作ると土地がやせてしまって、かえって出来が悪くなると言っていた。直播きも、上手に播かないと、出来上がりにムラがあるとか。6月に取る米は出来がよくて美味しいので人が食べるが、1月の米は粒にムラがあり味も悪くて、家畜の飼料にする。
 平成5年、前年の冷夏の影響で米が著しい不作となり、日本の備蓄米が底をついたといって、タイ米を緊急輸入したことがあった。ホントは、日本の備蓄米はまだ余裕があって、タイ米を緊急輸入する必要はなかったのだが、タイ経済の救済をアメリカから要請された日本政府が、タイ米の輸入を決めたものである。
 日本から大勢の農林族議員や農協役員が輸入の打ち合わせに来て、「上級のタイ米の輸入はしないで欲しい。お金は正規のものを渡すから、家畜のえさにする粗悪なものを日本に送るように」と要求したのだという。その結果、タイから輸入された米は、籾殻や土の混ざった粗雑な米で、タイ米はダメだと言われたのである。
 人の口に入るタイの米は完全な機械化で精米から袋詰めがされるので、籾殻やまして土など入るわけがない。日本に渡ったのは日本からの要求によって、家畜のえさになるタイ米だった。
 それにしても、安い方のタイ米を仕入れた差額のどれほどが、日本の関係者に還流されたことだろう…』と。


 全ての事柄に対して利権が動く政治の実態は何と情けないことか。今、「小泉改革は、改革のスピードが遅い、口先ばかりで何もしていない…」と言われながら、国全体という規模においては、確実に進んでいる。与党の過半数を反対にまわしながら、道路公団・郵政民営化、三位一体の改革を叫び、金融改革を実施しようとしている。
 反対勢力の面々が、「道路は国益・経済の底入れ」などと言い、反小泉を叫んでも、それは政治を利権の渦巻く旧体制に戻そうとしているだけだと、国民の多くは察知している。大衆は愚かだけれど、時代を見通す能力は確かである。国民の意識の底に流れる改革への意識は、小泉改革支持に向けて大きな深層流となり、自民党の議員や党員に作用して小泉再選を実現することだろう。
 今、日本は古い政治体制からの決別へ、ようやく動き出そうとしている。もし、万が一、小泉再選がなされずに、旧体制へ政権が戻って秋の衆議院選を迎えるなどということになれば、改革へのエネルギーは一気に政権交代・政界再編に向かうことだろう。いずれにせよ、新生日本への始動が芽生えている。


 バンコク北部の一帯は水田地帯だ。水田というよりも沼地で、そこへもみを播いて稲作をしているというべきかも知れない。このあたりの民家は高床式の住宅で、古いものは取り壊しが自由にできるものが多い。水辺で生活していて、雨季になって氾濫すると、家をずっとうしろへ移動させるのである。水が引くと、またもとの水辺へ戻ってくる。
 絶対王政から立憲君主制となって数十年しかたたないタイでは、まだ民主主義や富の分配といった意識は未発達で、専制的封建的な気風や体制が色濃く残っている。社会構造が、権力も富も一点に集約されるようになっている。タイは利権社会だ。この国に政治改革が行われるには、やはり成熟への時の流れを待たねばならないのだろう。
 ただ、在タイの日本人たちにとって、「95年のタイ米不正」は常識とされることなのに、日本人の知らなさ過ぎることはどうだろう。このままでは政治改革の達成においても、早晩、タイにも抜かれてしまうのではないか。



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