【80】警察の犯罪の糾明と断罪を明らかに!             (2004.03.17)


 オンブズマンの開示請求にも「捜査の秘密」を繰り返して、資料の提示を拒絶し、芦刈勝治本部長は記者会見で「不正の事実は絶対にない」と断言していた北海道警が、原田元道警幹部の勇気ある証言によって事実を隠蔽しきれなくなり、本部長はつい先日の前言を翻して、「不祥事があったことは事実」と認めた。
 重大なことは、世の中の犯罪を取り締まる立場にある警察が、自らの不正を調べきることができなかったのか…、あるいは知りながら隠蔽していたのか…、いずれにしてもこの事件が正義を象徴する警察の存在基盤を揺るがす事件であるということだ。
 捜査したのだけれども、不正を見つけることができなかったというのならば、北海道警は無能ぶりを満天下に示したといわれても仕方あるまい。多数の物的証拠も示され、告発者もいるという、素人でも不正を見つけるのは難しいことではない段階で、「不正はない」と発表したのだから…。(ところが、弾劾審査が遅々として進まず、確たる「警察の犯罪」を明らかにできないのは、そこにも不正があるということなのだろうか。)
 知りながら隠していたというのならば、警察という立場をわきまえない無法者集団であり、正義を守ることを職務の誇りとしてきた警察官のモラルを地に貶めた恥ずべき行為といわねばならない。犯罪は組織ぐるみで、北海道警にとどまらずに全国の複数の県警から報告があり、また警察庁は不正指導の説明会まで行っていたのだから、何をかいわんやである。世の中の人々の敬愛を裏切り、警察官の精神的な支柱を根底から揺るがしたことを、関係警察官は肝に銘じて、事件の解明に全力を傾けなければならない。


 この事件で検挙・起訴されるものがないのならば、日本の警察・検察制度は何ら尊重することも遵守することも必要のないものになる。偽の文書を作って公金を横領し、組織ぐるみでその事実を隠蔽し、なお国の中枢機関に居座っていて、何ら恥じないどころか、責任は問われず、罪に服する必要もないというのだから。
 『至誠に悖るなかりしか』…と、日本の先人たちは常に身を戒めて、この国の形を作ってきたと聞いている。100年を経て、日本は腐りきってしまった。政治も官界も経済も、そして警察・検察までもが、私利私欲に走り、不正を働いて恥じるところがない。
 国の活力は、精神の強さであろう。その強さは、この国に生きることに誇りを持ち、喜びを見出すところから生まれる。国家ぐるみで不正を働く国に、誇りも喜びもなく、明日への希望は持てない。青少年に、将来の目標を持てとも言えまい。
 この事件に見られる警察の犯罪の糾明と断罪は、この国がその姿勢を糺し、その形を正す、大きな一歩である。




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