【109】 FIFAワールドカップ ブラジル戦を控えて         2006.06.22
       ― マスコミは 日本の実力を 正しく伝えるべき ―  


 ドイツで行なわれているFIFAワールドカップも、予選リーグの日程が8分通り消化されて、決勝リーグへ進むチームが続々と決定している。世界のひのき舞台で戦う各国チームの華麗で力強いプレー振りは、サッカーファンならずとも見惚れてしまう。
 体力・体格ともに劣っている日本の選手たちに、基本的に体の強さや大きさが要求される競技に勝てというのは、気の毒な気がする。世界のスター選手たちは、物心がつく3歳4歳の頃からボールを友達にして育ってきている。こう言えば語弊があるかもしれないが、サッカーしかない環境の中で、サッカーこそ命という大人たちに囲まれて大きくなってきた。彼の国々では、ワールドカップとは国の威信と人々の夢をかけた、国を挙げての祭典であり、サッカーの試合はそれが結晶する一点なのである。日本の選手たちのサッカーとは、基礎体力と土壌が違うと、この大会を見れば見るほど思わされた。
 緒戦のオーストラリアとの試合でも、日本はクリーンヒットのシュートはほとんどなく、相手のシュートがうなりを上げてゴールをかすめていくのに、耐えに耐えていた90分であった。間違って入ってしまったような中村俊輔のゴールの1点を、虎の子として守りに入っていたが、見ているほうとしては、勝つ気がしなかった試合であった。彼我の実力の違いゆえであろう。
 冷静な戦力の分析もなく、テレビを始めとするマスコミに煽られて、国を挙げての熱狂振りは悲しいほどであった。サッカー解説者などの関係者が「予選突破」と叫ぶのだから、みんなが「勝て…勝て…」と拳を突き上げるのは無理もないことだ。
 しかし、対オーストラリア戦の戦力を比べてみても、オーストラリアはヨーロッパの一流リーグのレギュラー選手がズラリと揃っていた。イングランドのプレミアリーグで活躍するビドゥカ、ケーヒル、キューウェルや、スペインリーグでフレーしているアロイージなど。
 これに対し、日本勢は中村俊輔がプレミアより1ランク落ちるスコットランドリーグで健闘している程度で、イタリアに行った柳沢は活躍することもなく帰国したし、ドイツの高原も補欠で、むこうでは1点も挙げていない。ドイツとの練習試合で2ゴールを決めたので、ハンブルグに居る友人から「どうなってるんだ」とメールが来た。
 イングランドに行った川口はプレミアリーグより格下の1部リーグでもポジションを取れず、デンマークに移籍しても鳴かず飛ばずで帰ってきたし、中田英はセリアAで生き残れなかった。現在はイングランドのプレミアリーグのボルトンでプレーしているが、他のチームからのオファーはなかったのである。
 また、クロアチアは、1998年のパリ大会では3位に入った強豪で、長かった内戦時代にサッカーしか国民の楽しみはなかったとというお国柄だ。0―0の引き分けに終わって、日本選手たちは大健闘と言うべきだろう。
 サッカー関係者ならば誰もが知っている戦力不足に頬かむりして、予想はと聞かれ、「1―0で日本勝利」などと答えているのは、専門家としていかがなものか。ホントのことを言ったら、マスコミやサッカー界から、袋叩きに遇うから…というのが、冗談でないところが不気味だ。


 今日になってもまだ、新聞紙面やブラウン管からは「ブラジルに3―0で勝てば…」「もう勝つしかない」といった言葉が聞こえてくる。ブラジルに3―0で勝てるのならば、オーストラリアにも、クロアチアにも、負けてはいないだろう。予選突破が決まったブラジルは2軍が出てくるかも知れないが、それでも勝てはしないというのが、冷静な判断である。
 太平洋戦争で、本土決戦までを戦った日本の姿がチラついた。初めから勝てる戦いではないことは専門家ならば誰もが知っているのに、戦力の比較を隠して、「2―0で日本勝利」「予選突破」などの言葉だけが何の裏づけもなく飛び交う。オーストラリアに粉砕されても、「クロアチアに勝てば…」と言い、格上のクロアチア戦にやっと引き分けたあとは、「ブラジルに3―0以上で勝てば…」とまだ幻を引き摺るのは、サッカーだから許されることなのか。ほとんど可能性がない状態に追い込まれていても、戦力の分析を言わずに、「神風が吹けば…」「戦艦大和が出撃すれば…」と言い続けた、大戦末期の状態もこのようであったことだろう。
 かの大戦において、日本は1942年6月のミッドウェー海戦の大敗北において命運は尽きていた。空母と多くの艦載機を失ったこの敗北は、翌年になり前線が延びきった日本陸海軍をじわじわ痛めつけることになる。大本営は、ここまでの勝利に沸く国民感情に水を差さないように、この海戦における敗北の事実をひた隠しにし、マスコミは一切の報道をしなかった。以後は連戦連敗、インパール作戦、レイテ沖海戦、沖縄決戦…と敗退を続けてもなお負けを認めず、「カミカゼ特攻」「本土決戦」と言い続けて、結局、国土を焼け野原と化すのである。
 たかがサッカーのこと…、太平洋戦争までを持ち出すことはないのかも知れないが、このマスコミの姿勢や体質は不気味なものがあることを少し言っておきたいのである。先のライブドア問題の報道でも、時代の寵児と持ち上げたホリエモンを、逮捕されたとなったら「川に落ちた犬は叩け」とばかり、寄ってタカってのバッシング…、株価の高騰に一役買った自らの責任には頬っ被りして…である。
 終わってみれば、今度はジーコの作戦を問い、サッカー協会の強化策を問い、選手のミスを問うことだろう。戦力の分析を言わずに、「予選突破」と煽った自らの責任には頬っ被りをしてである。日本のマスコミは、これでいいのだろうか。正しい情報をもとに、事実を事実として伝える勇気を持つことを考える必要があると思うのだが…。



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