【142】 福田政権スタート … 確かな国家観も未来像もなく       2007.09.26

 − 改革は進まず、経済は失速、外交は停滞、拉致問題は俎上にも乗らず、国民に閉塞感 −


 330対197、自民党が奈落の縁(ふち)でとどまった瞬間だった。麻生太郎が自民党の希望の星というわけでは決してないが、福田康夫圧勝では自民党は派閥談合の政党であったことが露呈され、国民の信頼感に躊躇が生じたことであろう。


 安倍辞任の報せが永田町を走るまで、福田康夫は本気で首相になるなどの考えを抱いたことはなかった。安倍前首相の退任表明は、彼にとってまさに「緊急事態」であった。
 安倍退任を受けて、側近の衛藤征士郎から出馬を促された福田康夫は、自らも総裁選に出馬する意向があった、派閥の会長である町村信孝の了解を、1時間半にも及ぶ会談で取り付けると、町村派幹部が早速、福田支持を各派に働きかた。安倍−麻生ラインから冷や飯を食わされてきた丹羽・古賀派や山崎派、谷垣派は素早く反応して、結果的に福田本人とと古賀・山崎・谷垣との会談で、党内の福田氏への流れを形づくった。
 町村派、丹羽・古賀派、山崎派、谷垣派…と支持を表明する中、乗り遅れまいとする議員たちは次々と福田支持に回り、結局、麻生派以外の8派閥全てが福田を支持することになった。福田の抱負も政策も聞くことなく、それが自らの政治理念に合致するのかどうかといった判断もないままに、雪崩を打って福田支持にまわり、昨日に小泉前総理の擁立に走っていた議員が今日は福田の後ろで拳を突き上げていたのである。
 派閥談合と批判されても仕方のない状況であるが、一方では小選挙区制となり、公認や選挙資金などで党執行部の力が強くなったことから、生き残りを賭けた議員たちの必然の行動といえるのかもしれない。


 総裁選の前日、私は友人に送ったメールに、
 『 自民党は 古い時代の姿のほうが、みんな 居心地がいいのでしょうね。
   個々の議員も 党も、利益誘導型政治で 票を稼いできた自民党ですからね。
   理念や政策で人心をつなぎとめる政治は 体質に合わないのでしょう。 』
 と書いた。
 この内閣の政治体質は旧時代の自民党であり、この政治状況を改めるには、やっぱり政権交代しかないということなのだろう。


 330対197と予想外に麻生票が多かったことは、圧倒的な票数を政権運営のバックボーンとするつもりであった福田康夫の思惑にとって、大きな誤算であった。
 新総裁となったのちも、新しい政見は何もない。「図らずも…」「自分で望んだことはない…」などと、どこかの農水大臣と同じようなトーンで、まだ繰り返していた。確かに2週間前までは、総理大臣になるなどとは夢にも思っていなかったことだろう。
 しかし、総裁選が始まったときには新総裁に選出される流れであったのだから、それから1週間を経て、「戦後レジゥムからの脱却を目指し、憲法を改正する」とまで明確でなくてもいいから、日本をどのように…どのような国へと導くつもりか、自らが描くビジョンを示すべきではないのだろうか。今になってもまだ、「自立と共生、信頼ある政治」と語る、福田康夫が描く国家像は見えてこない。


 前近代的民主主義から脱却できないままに、政治腐敗や格差問題をかかえ、一向に存在感を示しえない日本…。今、続出する政治とカネの問題の解消に明確な方向を示しえず、国と地方や大企業と中小零細企業の格差は底辺の下落に歯止めが効かずに開く一方で、実体なき景気回復の掛け声ばかりを虚しく叫ぶ日本…。中国の政治経済両面での台頭という現実の前に、もはや日本の独自外交は国際社会での評価を受けないばかりか、東アジアを舞台とする「6カ国協議」でも蚊帳の外である。
 週明け、国会が再開され、福田新内閣総理大臣の所信表明演説が行われる。今日の政治不信を招いたのは、長期政権の上にアグラを掻き続けてきた自民党の体質そのものであることに気づかずに、彼はまた「政治不信を一掃し、政治に信頼を取り戻す」と繰り返すことだろう。
 この福田新政権に、国民は多少のご祝儀をこめながらも50数%の支持率を示しているが、私としては、確かな国家観も国民生活の未来像も示しえない政権に期待するものは何もない。
 政権交代へ、民主党は確かな道筋を開くことができるのか。しばらくは静観して、この国の歩みを眺めることにしようと思う。



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