【175】 バラク・オバマ第44代アメリカ合衆国大統領誕生     2009.01.21


 バラク・オバマ第44代アメリカ合衆国大統領の就任式が始まった。NHKが、むライブでその様子を映し出している。アメリカ史上初の黒人大統領の誕生を目撃しようと、式場周辺には200万人ともいわれる人々が詰め掛けている。歴史の証人として、この式典に立ち会おうという人々である。
 1年前に民主党の大統領予備選に現れたとき、それほどの注目も集めなかったこのアフリカ系黒人候補は、民主党の候補者指名争いで圧倒的な人気を誇ったヒラリー・クリントン候補を破り、一躍、時代のヒーローに躍り出た。共和党の候補者マケインとは、一時、支持率を引き離されながら、巧みな弁舌(もちろんその背景には彼自身の情熱があるのだろうが)とブッシュ(共和党)大統領の失政に助けられて支持を広げ、世界金融危機を追い風にして、大統領に選出されたのである。1年前、いったい誰がオバマ大統領を思い描いていただろう。
 オバマの生い立ちも、アメリカ大統領としては異例である。ケニア生まれの黒人ムスリム(イ
スラム教徒)である父とカンサス州生まれの母(白人)との間に1961年に生を受けたが、両親は離婚し、のち父親は自動車事故で死亡している。人類学者の母はハワイ大学でインドネシア人と知り合い再婚、インドネシアに渡ったのでオバマも10歳までジャカルタの小学校に通った。11歳になって母の実家であるハワイの祖父母(共に白人)のもとに帰り、以後はそこで育てられるが、母は2度目の離婚ののち、1995年に癌で亡くなっている。
 高校卒業後、
ロサンゼルスの私立オクシデンタル単科大学に入学。2年後、ニューヨーク州のコロンビア大学に編入し政治学、特に国際関係論を専攻して、1983年に同大学を卒業。ニューヨークやシカゴで教会が主導する地域振興事業などに従事したのち、1988年秋にハーバード大学ロースクールに入学し、法学博士の学位を取得した。修了後、シカゴに戻り、弁護士として法律事務所に勤務、人権派弁護士として頭角を現した。
 政界進出は、貧困層救済の草の根社会活動を通して1996年にイリノイ州議会上院の議員に選出され、2000年には連邦議会下院議員選挙に出馬したが他の黒人候補に敗れた。
 2003年1月、アメリカ合衆国上院議員選挙に民主党から出馬、7人で争った予備選挙を得票率53%で勝ち抜き同党の正式候補となった。2004年11月、共和党候補を得票率70%対27%の大差で破り、イリノイ州選出の上院議員に初当選した。アフリカ系上院議員としては史上5人目(選挙で選ばれた上院議員としては史上3人目)であった。
 オバマは、「『全ての人は生まれながらにして平等であり、自由、そして幸福を追求する権利を持つ』という独立宣言を行ったアメリカ合衆国だからこそ、自分のような人生があり得たのだ」と述べている。
 さらに「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」「イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓う“アメリカ人”なのだ」と語り、その言葉が広く全米に中継されるとともに高い評価を広げていったのである。


 
午前1時45分(日本時間)、バラク・オバマ新大統領の姿が現れた。登場口から演壇に至る階段の左右に居並ぶ人たちと手を握り合いながら、ゆっくりと階段を下りてくる。47歳と5ヶ月、アメリカ史上5番目に若い大統領である。
 

 アメリカ発の世界金融恐慌によって、パクス・アメリカーナの時代は終わった。世界経済を牛耳ったドルも、基軸通貨としての地位を失いつつある。
 イギリスに産業革命の灯がともってから250年、アダム・スミスが「国富論」(1776年)を著してから230年、マックス・ウエーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(1905年)によって近代資本主義を確立してから100年、ケインズが「雇用・利子および貨幣の一般理論」(1936)を発表してケインズ経済学を打ち立ててから70年、…新資本主義と形容されるアメリカの金融帝国主義は破綻を迎えている。
 就任式が行われているリンカーン記念堂の玄関には、アメリカ第16代大統領エィブラハム・リンカーンの大きな像が座っている。そのリンカーンが宣して南北戦争が勃発した「奴隷解放宣言」(1862年)から120年、この記念堂の前で行われたキング牧師の“I Have a Dream”(私には夢がある)で始まる演説(1963年)から45年、今、アメリカは初めての黒人大統領を抱いた。民族団結の象徴なのか、それとも大いなる混沌の始まりなのか。
 アメリカは「60年前、私の父はレストランにさえ入れなかった」と語る新大統領を迎えて、よみがえることができるのだろうか。


 
午前2時05分(日本時間)、バラク・オバマは故リーンカーン大統領が用いた聖書に手を置
いて、「アメリカ合衆国と国民のために、全力を尽くします」と宣誓した。アメリカ合衆国第44代大統領の誕生である。
 続く就任演説で、「今、アメリカは大きな危機の中にある。アメリカの威信が揺らいでいる。しかし、短い時間では無理かもしれないけれど、いつか私たちはそれらの困難を克服する。アメリカは偉大だ。もう一度、世界をリードする国だ。視線を落とすことなく、はるかな未来に向かって歩き出そう」と語る言葉の先には、どんな世界が待ち受けているのだろうか。
 新大統領を取り巻く状況は、いかにも厳しい。まず、国内の経済の復興と民生の安定が緊急の課題である。そして同時に、イラク戦争の終結と中近東の和平も、早急に実現しなければならない懸案である。「世界の国々と語り合いながら」という彼の言葉は、国際的な協調を推し進めながら、諸問題を解決していくことを基調とする決意の表れなのだろう。
 大きく後退したとはいえ、依然、アメリカは世界に絶大な影響力を持つ。その意味において、アメリカ合衆国と世界の安定のために、オバマ新大統領の前途が明るく開けたものであることを祈ってやまない。


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