◆ 渡辺恒雄巨人軍オーナー 突然の辞任            2004.08.13【社会89】


 通称ナベツネと呼ばれ、人気球団巨人軍のオーナーとして、プロ野球界に隠然たる影響力を及ぼしてきた渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長が、今日、突然の辞任を発表した。理由は、「明大の一場靖弘投手に対し、吉田孝司編成部長が昨年12月から今年7月までに、小遣いなどとして約200万円の現金を与え、学生野球憲章で禁止されているスカウト活動が明らかになった」としている。
 ナベツネらしい、独善的な幕の引き方である。これまで、その言動が物議をかもし、マスコミや野球フアンの批判を受けてきても、人気球団を率いる立場を絶対的な背景にして、過激な発言を繰り返し、強引なやり方を通してきた。原前監督に詰め腹を切らせたときも、心配されたフアンの反発はそれほどのものではなかった。世の中を舐め切っているそのナベツネが、突然の辞任である。何が、この傲慢を絵に描いたような男をして、引責辞任という殊勝な決断をさせたのだろうか。
 不法なスカウト活動…などという理由は、額面でしかない。これまで、有望なアマチュア選手には、学費・生活遊興費などを丸抱えで面倒見てきたという話は珍しいことではない。学生野球憲章で禁止されているスカウト活動違反であることは、誰もが承知していながら、そういう太いパイプが公然のものであればこそ、あの選手はあの球団へ行くということが衆知の事柄であった。いわば、今回の巨人スカウトの行動は業界の当然であって、誰もが問題にせずに素知らぬ顔をしてきたし、たとえ問題になったとしても巨人軍の力を持ってすればもみ消すのは簡単なことであったはずだ。
 それを、ナベツネ自ら騒ぎ立て、辞任にまで結び付けるとはどういうことか。1リーグ制問題がフアンと選手の総スカンを食い、巨人軍の選手までがフアンの署名を集める姿を見て、彼は愕然としたのだと思う。これまで、ナベツネ批判の動きはあっても、巨人軍オーナーの座を揺るがすものではなかった。何を言っていても、ドル箱球団巨人にはフアンがついていたし、他球団も巨人のご意向を損なうわけにはいかなかったのである。
 ところが、球界の根幹にかかわる1リーグ制問題は、選手の生活だけでなくアイデンティティを問う問題であり、近鉄・オリックスそしてパリーグの野球フアン…さらには日本の野球をどう考えていくのかという、巨人軍の利害だけで片付けることはできない大問題であった。
 かたくなに1リーグ制にこだわり、その実現に対してはどれほどの執念があったのかは疑問だが、今日までずっと唱え続けてきた持論であったばかりに譲れなかったナベツネは、巨人軍の選手が1リーグ制反対署名を集める姿を見て、愕然としたことだろう。はじめて、自分が裸の王様であったことを実感した瞬間であった。
 彼の傍には、事実を報告する部下も、苦言を呈する心の友もいなかったのだろう。だから、こらえきれずに、「選手風情が…」といった発言になってしまう。
 セリーグ5球団のオーナーからNoを突きつけられ、選手とフアンの拒絶を前にして、これ以上1リーグ制を掲げることは、愚挙でしかないことを悟った彼は、球界では当たり前の「不法なスカウト活動」を幕引きの道具に使ったのである。
 彼の言動の部分々々には気骨を感じ、その著作のあるものには敬意を払ってもきた私だが、この球団関係者と明大一場靖弘投手を悪者にし、自らはその責任を取って球団オーナーを辞任するという打算には、吐き気をもよおす。繰り返すが、スカウトたちは長年球界で行われてきた、悪弊ではあるが、入団を内諾した選手には金銭面の面倒を見るという仕事を遂行したのであり、一場投手は周囲や先輩たちがそうしてきたことを、そうするものだと思って受けてきたのである。彼らの行為が、正当だということではない。ただ、部下たちに罪をかぶせ、有望な学生選手の前途を摘み取って、自分の引退の花道を造った行為は卑劣で唾棄すべき破廉恥さだと言っているのである。後任には、滝鼻卓雄読売新聞東京本社社長が就任するというが、ナベツネのロボットであることは言うまでもない。


 巨人軍のひとつの時代が終わった。この辞任劇を見る限り、ナベツネ辞任は巨人軍にとっても歓迎すべきことというべきだろうが、巨人軍はここをひとつの区切りとして、野球というスポーツの持つ魅力を追求する姿勢を取り戻し、豪快さに緻密さを加味して、野球の醍醐味を堪能するプレーを展開してほしい。


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