◆ 第3次小泉改造内閣スタート ‐小泉改革断行内閣の真価を問う‐ 2004.10.6【政治91】


 第3次小泉改造内閣が二十七日夜、発足した。ひとことで言えば、人材枯渇内閣である。自民党三役を含めて、「なんじゃこりゃ」と驚く、サプライズ人事ということだろう。世襲・地盤相続を繰り返してきた自民党には、もう人材はいないということか。併せて、小泉首相が信頼する自民党議員がいないということでもあろう(このこと自体は、とりたてて悪いことではないのだが)。
 まず誰もが驚かされたのは、武部幹事長。狂牛病の処理の不手際で農水大臣を追われた、あの武部 勤…その人である。彼の人のよさも、一途な忠誠心も、替え難い特性であると思う。しかし、党内実務や党外活動の実績は乏しく、内外の人脈が培われていないのを、どのように補っていくのか。本人が「驚天動地」というように、誰もが思ってもみなかった幹事長就任だから、大方の同意を得られないままの出発となり、信頼関係や協力体制を築きにくいことも事実だろう。「頭の足らないところは、体でガンバル」と正直な決意をみなぎらせているが、この正直さのゆえに先の農水大臣を辞めなければならなかったことを思うと、幹事長というポストには他に人がいなかったのかと思う。任期いっぱい、無事勤めあげることはないだろう。初めから捨て石だったといわれれば、確かにそうかもしれないけれど…。
 閣僚の顔ぶれも、エキスパートを配した改革実行内閣とは程遠く、閣僚ポストと引き換えに 小泉潤一郎に忠誠を誓うイエスマンの集まりである。今回の組閣では、初めから「郵政改革賛成の踏み絵」を掲げての大臣選びであったから当然のことかも知れないが、結果、揃った顔ぶれは小粒である。だから、活力がない。頭の小泉首相ひとりが全てであって、あとはそれに付き従って舞い踊ればよいということなのだろうけれど、この迫力のなさで、政治に対する信頼をつなぎとめ、期待を増幅することができるとは思えない。
 例えば「教育改革」は小泉首相の内閣の目玉の一つだが、所轄の文部大臣には、拉致家族支援室長中山外務省参事の夫君である中山成彬氏である。同氏は、大蔵官僚から政界入りし、平成12年町村文相の元で政務次官を努めているが、教育問題の専門家とは程遠い。すなわち、大臣というものは、個人の知識や力量や決意・責任感を問われるものではないということなのだが、この点がわが国の行政が停滞する最大の原因であろう。
 また、留任の谷垣禎一財務相は、来年度の予算編成に際して赤字国債を減らそうとする意志を見せようとはしない。来年度も35〜45兆円の赤字国債を発行していくことはもはや当然としており、2010年には国の借金1000兆円を苦にもしていないようである。小泉首相が就任時に掲げた財政改革の眼目は、赤字国債の大幅減少であったはずなのだが、今、後世に垂れ流す国の借金を減少しようとする意志は、どこかに置き忘れてきたようだ。
 小泉純一郎の政治手法は、改革を支持する世論を背景として、それに反対する勢力は与党議員であっても「抵抗勢力」と位置づけて、小泉の目指す方向へ収斂していくという方法である。自分の方向を改革と呼び、反対するものは全て排除しようとするその政治姿勢は、独裁的であるという人もいるが、長年つづいた自民党体制による癒着構造を断ち切るところに改革があるわけだから、与党勢力とも袂を分かつことは、ある意味で必然である。だから、独裁的であるところに小泉改革の真骨頂があるわけで、道路公団改革は与党勢力の顔を立て、妙に妥協してしまったところに欺瞞があったのである。
 今は、小泉首相は盟友山崎 拓と二人三脚を組み、イエスマンを集めてわが道を行くしかない。郵政改革、三位一体の改革、財政改革、教育改革…が真の改革となるかどうか、岡田民主党など野党と国民は、しっかりと見つめて検証していかなければならない。道路公団改革のような欺瞞に満ちた改革でないように…。


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