【12〜14】 「たけしくん、ハイ!」 「たけしの20世紀日本史」「菊次郎とさき」


 天才 ビートたけし 3部作


【12】「たけしくん、ハイ!」 
(ビートたけし 新潮文庫)    (11.24)


 『うちはひと部屋しかなくてさ。裸電球がボンとあって、そこで兄きがね、変なみかん箱みたいんで、いつも勉強してたのよね。
 おふくろはそれがうれしくってしょうがないわけね。兄きがいつも勉強してるってことが。だけど、おやじが酔っぱらって帰ってくると大変なんだ。
 「バカヤロ! 明るくて、寝られやしねぇじゃねぇか。いつまでもわけのわからねぇもん読んでんじゃあねぇよ!」
 ってどなるのよ。すごい怒るわけ。
 それでね、おふくろが、でっかい懐中電灯を持ってね。塩むすびを二つぐらいつくって兄きをつれて、近所の街はずれっつっちゃおかしいけど、人けのないところへ行くのよね。
 最初は、なにしに行くんだか、ぜんぜんわからなかったの。それでね、一回あとついてったらね。兄きが、街灯の下で、しやがんで本読んでるのよ。そのうしろから、おふくろが、持ってった懐中電灯で本の上を照らしてやんの。そんで、ときどさ兄きが、塩むすび食ってんの。あれを見た時は、驚いちゃったね。こうやって、おふくろが照らしてんだもの。すんごい家庭だったよね、いま考えたら。そいでね、なぜかしんないけど、俺もやんなくちゃいけない、と思って。それでうちにとってかえして、わけのわかんねぇマンガ本持ってきてさ。そこで兄きと同じように読みだしたら、
 「バカヤロー!」
 って、おふくろになぐられたんだよね。
 俺いらが、勉強のまねしていると笑って喜んでるわけ。なにもやらなかったら大変よ。なぐるけるでさ、鬼のようだったね。本当に、鬼子母神のようだったよ。恐かったなぁ。
 そういう母親なんだもん。まあ、すごい母覿だったね、あれ。そいで、おやじが酔っぱらいであれだもんね。異常な世界だよ、俺んとこ。そいで、おばあちゃんはおばあちゃんで、弟子とって義太夫、うなってるわけじゃない。一間しかない、あんなちっちゃな部屋で。やんなったよね、俺。
 
 銭湯は楽しかったね。いつも3時間ぐらい遊んでいたよ、ふやけるまで。潜水艦遊びなんてのがはやってさ。笑っちゃうほど小っちゃな石ケンんをみんな持ってたなぁ。フタで水飲んじゃうの、ゴクンゴクンてね。
 小学校ン時、クラスの女の子に会ったことあるんだよ、風呂ン中で。ありゃあ、まずいよ。あれ困っちゃうぜ、あれ。でさあ、よせばいいのにさあ、おとうさんがもぅ女風呂へ入れたほうがいいような女の子連れてくることがあって、あれも困っちゃうんだよなぁ。女にすごい興味がある小学校5年生ぐらいのときに、急に目の前にコーマンがでてきたりなんかしてさあ。目まいしたりして。』


 天才たけしの才能が随所にあふれている。今まで、たけしの笑いは、人を傷つけて笑いをとる芸だと思っていた。たけしのヒョウキン族以降、世の中は弱い者をいじめて笑う風潮が広がったように思って、その芸風を好きになれなかった。
 その後、さまざまな場面でたけしを見ると、まぁその映画は見たことがないが、たけしは一種の天才であることを認めざるをえないと思った。今、この本を読んで、底辺に漂うペーソスは、たけしがここまで世の中を突っ張って生きてこなければならなかった証ではなかったかと、ある共感を覚えた。





【13】「たけしの20世紀日本史」
(ビートたけし 新潮文庫)    (11.27)


 たけしは、近代日本の原点は「日露戦争にある」という。とにかく西欧列強に伍する国づくりをするにはこの戦争を戦わなくてはならなかったし、この戦争に負けていれば植民地! 国のあり方を賭けて戦わなければならなかったんだといい、乃木将軍や東郷元帥を歴史の教科書から抹殺した日本人の不甲斐なさを笑う。「乃木や東郷の名前は、外国の教科書にすら載ってるんだ」と。




【14】「菊次郎とさき」    (ビートたけし 新潮文庫)     (12.2)


 菊次郎はたけしのオヤジで、さきは母親。たけしの半生記は、月給が1600万円になったたけしに、「芸人なんていつ売れなくなるかわかんないんだから、金ためて置くんだよ」と説教する、この偉大な母との絡み合いの記録である。売れてからのたけしには、しょっちゅう「30万くれ。50万くれ」と小遣いの無心を繰り返したというのだが、92歳になって伊豆の療養所に入ったさきを見舞ったたけしに、形見分けだと渡した封筒に入っていた貯金通帳には、『オイラが渡した金が、一銭も手付かずにそっくりそのまま貯金してあった。車窓の外の街のあかりがにじんでみえる。人生の勝負に最終回でひっくり返された。』と、たけしは誇らしげである。
 これに対して、オヤジの菊次郎はどこまでもあわれだ。気が小さくていつも酒を飲んで酔っ払っていた菊次郎は、たけしの記憶の中で、常に家族に迷惑をかける存在である。長兄の結納の席では、素面のときには「こんな立派なお嬢さんを、手前どもの家にいただいてよろしいので…」などと言っていたのが、泥酔して「不細工な顔をしてどこへも行くところがないので、俺んちの息子に押し付けようというのか。このヤロウ」と相手の父親とケンカになり、それでも一緒になった二人の結婚式ではフリチンで踊り出して花嫁を泣かせてしまう。
 長女は、可愛がっていたニワトリを探して「ピーちゃん知らない?」と菊次郎に聞くと、珍しく台所にいてコンロで鍋の出来ぐあいを見ながら、「こん中で煮ている」と言う。『その瞬間、姉貴は火のついたように泣き出した。おいらも「オヤジの野郎、ひでえことするな」と思ったけれど、とにかく腹が減っている。うまそうな匂いがするので、結局、オヤジと一緒に食べることにした。そうしたら、泣きじゃくっていた姉貴まで食卓の前に座ったのには、さすがのおいらも驚いた。「ピーちゃん、可哀相に。こんなになっちゃって」と口では言いながら、鳥鍋をつつき始めた。しまいにはお代わりまでしている。「それ、ピーちゃんだろう」と、今なら言うだろうが、その時は腹が減っていてそれどころじゃなかった。肉になってしまえば、ピーちゃんも何もない。』その場の情景を『そんな時代だったのだ』とたけしは結ぶ。そのたけしは、小遣いを貯めてやっと買ったバットを、風呂の焚き木にされた。
 酒さえあれば天下無敵の菊次郎だが、二男の大(まさる…昨今時々テレビに出ている)にはひどい目に合わされている。大が運転免許を取って友達の車で出かけたところ、すぐに「人を轢いた」と青い顔をして帰ってきた。「知らん顔を決め込め」と布団に潜り込んでいると、菊次郎がひん曲がった自転車を押しながら顔から血を流して、「この近くで、おれを轢いて逃げたやつがいる!」。




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