【読書154】
  ユリウス・カエサル その女と金         2010.02.03


 今、塩野七生著による「ローマ人の物語」を読んでいる。単行本は分厚いものが何巻かあって、興味は津々ながら、ちょっと重すぎる感じがして手に取るのをためらっていた。文庫本になってから、各巻はコンパクトにまとめられていて、1巻は1〜2日ほどで読んでしまうことができる。現在、第8巻「ユリウス・カエサル ルビコン以前 上」まで読んだところだ。その読書感想文は改めて後日に記すとして、今日はカエサルという人物の人間的な魅力について、少し書いておきたい。
 筆者自身、古今の人物の中で最も魅力ある男と書いているが、カエサルについては文庫本で第8巻から13巻まで全6冊を充てている。39才という、当時としては異例に遅くローマ政界に登場したカエサルという男の魅力について、『彼について調べ始める古今の史家や研究家は、一様にカエサルに魅了されてしまう』とも書いている。
 その人間像を浮かび上がらせるために挙げているのが、「カエサルはなぜあれほども女にモテ、しかもその女たちの誰一人からも恨まれなかったのか」ということと、「借金を苦にする生真面目な性格のカテリーナ(「借金帳消し」を公約に掲げて執政官に立候補するも落選し、のちにクーデターを画策したとして死刑になった元老院議員)ならば、クーデターを百回は起こさなければならなかったろう天文学的な借金の額」だ。


 カエサルの女たらしは有名で、そのお相手は「元老院議員で彼のパトロンでもあったクラッススの妻テウトリア。オリエントで戦争を指揮している将軍の留守宅を守らねばならないはずの、ポンペイウス夫人のムチア。ボンベイウスの副将だから同じく出征中の、ガビニウスの妻のロリア。…などなど、元老院議員の三分の一が、カエサルに『寝取られた』という史家もいる。そして、カエサルの愛人たちの中でも最も有名なのは、後年のクレオパトラを別にすれば、セルヴイーリア」であろう。後にカエサル暗殺の首謀者になるブルータスの母セルヴイーリアは、再婚話を断わってまで、カエサルの愛人でいるほうを選んだのであった。
 これらの女たちは、いずれもローマの上流社会に属するわけだから、言ってみれば、美容院やブティックで始終顔を合わせる仲である。それなのに、嫉妬もなくつかみ合いもなく、列をつくつて自分の順番がくるのを待つかのように、おとなしく次々と愛人になった
のだから、カエサルの実力には驚嘆させられる。カエサル自身も、それを隠そうとはせず、彼女たちとの仲は半ば公然で、その父親や夫たちも当然知っている関係であった。
 さらに、モテるだけならば、当時も剣闘士だって俳優だってモテたのだから、カエサルの人間像を物語る材料としては希薄だけれど、後世の史家や研究者が敬意と羨望をもって彼を評するのは、カエサルが女たちの誰一人からも恨まれなかったという一事であろう。
 醜聞(スキャンダル)は、女が怒ったときに生まれる。では、なぜ女は怒るのか。それに対処するにはどうすればよいのか。…、
それを知るには、この「ローマ人の物語」を読まなくてはならない。ここで安易に解決方法を明かしては、筆者に叱られてしまう(笑)。


 莫大な借金は、幾らぐらいあったのか。
なぜあれほども莫大な額の借金をしたのかよりも、なぜあれほども莫大な額の借金ができたのかも、興味深いことだろう。
 カエサルが
セルヴイーリアに贈ったという大粒の真珠は、パラティーノの丘に立つ豪邸が2つは買える金額だったと噂されている。しかしカエサル自らが『内乱記』で書いている箇所を見ると、「そこで私は、大隊長や百人隊長たちから金を借り、それを兵士たち全員にボーナスとして与えた。これは、一石二鳥の効果をもたらした。指揮官たちは自分の金が無に帰さないためにもよく働いたし、総司令官の気前の良さに感激した兵士たちは仝精神を投入して敢闘したからである」とある。
 女たちへの贈物など、所詮は豪邸何軒分ぐらいかの、たいした額ではない。たいした額になった理由は、彼が街道の修復や剣闘試合の主催や選挙運動などに、私費を使ったからである。だが、それには大盤振舞いしたカエサルも、自分の資産を増やすことには使っていない。最高神祇官となって公邸が与えられるまでは、住まいは生まれた下町の手狭な家のままだったし、自分の墓にさえ関心がなかったようである。事実、彼の墓はない。
 どこから、そんな莫大な借金を引き出してきたのか…。ローマ最大の資産家クラッスス(彼の財産は国家予算の半分ほどあった)が、カエサルのパトロンであったのだ。なぜ、それほどの金を貸したのか。ある時期を過ぎたら、貸した金の額が多すぎて、クラッススはカエサルを潰すわけにはいかなくなってしまったからである。
 締めくくりを、塩野七生はこう書いている。「
後世の研究者も書いている。ユリウス・カエサルは、他人の金で革命をやってのけた…と。
 債権者に首根っ子を押さえられて、返せ返せと言われているようでは、国家大改造を最終日標にした権力への驀進などはやれるものではないのである」と。


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