【19】「本当の歴史を知らずして人間の誇りは持てない」
  
(作家 池宮彰一郎、文芸春秋)


 池宮彰一郎氏は、時代小説に珠玉の作品が多く、歴史の中に生きた多くの偉人・武将の姿を描いて傑出した作家である。この小編は、文芸春秋の教育特集に収められた、学校での歴史教育に対する氏の思いを述べたものである。
 『率直に言って、日本の戦後の歴史教育は間違っている』とする氏の教育観は、今やわが国の学校教育に対する多数の意見であろう。以下に要約を紹介する。


 『「歴史」とは迂遠のものである。歴史を学んでも、実生活で何の役に立つかわからない。現実即応の時代にあっては無用の物と思いがちである。
 青少年の兇悪犯罪が問題化し、政治家や官僚が既得権にしがみついて、私利私欲に奔る。経済家を自認するものはバブルを生じ、破綻を来して国家国民を危機に陥れても、誰一人書任を取ろうとする者が無い。 …略…
 戦後五十六年、横行跋扈して悍らない廉恥心の欠如、無責任体質、公益の無視を見るにつけ、本当の意味での「歴史教育」を怠ったツケが廻ってきたな、と痛感している。歴史を教える、学ぶということは、何の為であろうか。それは一に「国家の尊厳」と「人間の誇り」を自覚させることに外ならない。いまの日本国や日本人には、それが全く欠如してしまっている。 …略…
 皇国史観を旨とする戦前の歴史には、確かに間違った一面があったことを認めねばならないが、戦後の教育方針は、アメリカ、それも軍人によって決められた。アメリカは駐留軍にそれを委ねた。 …略… 第二次大戦太平洋戦争は、日本の侵略戦争と位置づけた、いわゆる東京裁判史観はわが国を始め近隣諸国の定義となった感がある。 …略… 当時、国際法上、戦争は国家の持つ当然の権利で、不法でも無法でもなかった。 …略… 英国の阿片戦争、アメリカの米西戦争、第一次大戦もまた国の利害に依って起り、そして戦勝国が戦敗国を自分の都合によって処理・処分した。戦争が犯罪と見傲されたのは、戦後の事である。だが、法の原則に「法は潮及せず」とある。戦後制定の法を戦前に潮及することは誤りである。東京裁判史観は歴史学の一説に過ぎない。…略…
 170万年に及ぶ人類の歴史の上に生れた現代の青少年は、努めることなくその成果を甘受して言う、「人を殺してなぜ悪い」と。なおざりにしてきた「教育」が招いた悲惨な結果である。
 …略…
 歴史は、人の誇りを教える。古七十万年生き抜いた人の誇り、それらは今に生きる人間の、自覚せねばならぬ誇りである。その誇りを、われらは胸を張って次代に伝えなければならない。』




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