【読書*】 
『はだしのゲン』について
 

 先に【読書】欄の『竹林 はるか遠く』に書いた一文ですが、「はだしのゲン」についての考察をこれまでしてこなかったので、先の文の一部を抜粋し、かつ補足して、ここに掲載します。


 松江市教委は、漫画『はだしのゲン』について、閲覧制限を市内各校の図書室に指示した。その理由は、「殺戮や強姦などが頻繁に出てきて、児童生徒の読み物としてふさわしくない」、「特定の思想傾向が強い漫画で、旧日本軍の兵士が首を刀で切り落とし、女性に乱暴して惨殺するなどの描写が「まるで軍全体の方針であったかのように描かれている」などの点で、歴史学的に間違いがある」「天皇、国旗、国歌の尊重を定めた指導要領にも違反している」などとしている。
 「はだしのゲン」は、中沢啓治による自身の原爆の被爆体験を元にした自伝的漫画として描かれたものだが、漫画としてもレベルが低く、読んでみて楽しくも感銘もない。ただ、戦争の無残さ、過酷さ、悲惨さが、グロテスクなタッチで繰り返し描かれていく。
 少年ジャンプに連載されたが、連載当時の読者アンケートでの支持は高くない。ジャンプでの連載は程なく打ち切られるが、反戦争・反原爆・反天皇という内容が、当時大きな存在となっていた左翼勢力に評価され、松田道雄らが中心となって刊行された『市民』、共産党系の『文化評論』、そして日教組の機関紙『教育評論』で連載を続行した。だから、このころの内容は成人向けの漫画である。学校への漫画持ち込みを厳禁とする教師が多い中、「はだしのゲン」だけは校内で堂々と読める唯一の漫画となった結果、1980年代の子供たちの間に「ゲン」が広く浸透することとなったといわれる。

 上に挙げた松江市教委の閲覧制限理由は、いずれも正当である。制限解除を認めるとなれば、教委自らが指導要領に違反することになる。
 松江市教委が、朝日新聞や日教組、左翼団体などの抗議に、早々と制限を撤廃してしまったのは残念だ。正当な理由があるのだから、ここは踏ん張って、大きな判断を国内世論に委ねるのがよかったのではないか。
 文部省も、指導要領にかかわる問題なのに、判断は各教委と現場が個々に行なえば良いなどと逃げてしまったのは、敵前逃亡といわざるを得ない。ともに戦ってくれると思っていた文部省にきびすを返されては、地方としては踏ん張る意味も消失し、気力も萎えるというものだ。

 「はだしのゲン」は、少年誌に掲載中は人気もなく、掲載打ち切りとなった漫画だけれど、その後、「市民」「文化評論」「教育評論」など一部の思想的に固まった(反戦争・反原爆・反天皇という)勢力の大人たちに評価され、今日に至っている。
 学校図書館に置くべき本ではなく、興味のある成人が手に取れば良い漫画である。

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