【読書232】
 『海賊と呼ばれた男』 (百田尚樹、講談社)  2013.11.29


 2013年4月、第10回本屋大賞を受賞した、百田尚樹による、出光興産創業者の「出光佐三」をモデルとする歴史経済小説。上・下巻で170万部を超えるベストセラーとなった。
 

 一念発起して日本の生命線である石油の元売会社を立ち上げようと奮闘する国岡鐡造の会社「国東商店」は、社員を家族だと考え、タイムカードなし、出勤簿なし、定年なし、その一方で労働組合も残業手当もない。
 現代的な経営形態とは大きく違う国岡商店の経営だが、小説としてのフィクションを差し引いても、この会社のために命を賭けようという社員がいた。その社員に対して国岡鐡造は、兵士として出征した社員の留守宅にも月給を届けた。戦地から戻った社員が実家の農業を継ぐと言ったとき、「馬鹿たれ、会社にもどってお役に立て」と親父に怒鳴られたと書かれている。
 そんな鐡造の人間的魅力を、起業のとき、倒産の危機に瀕したとき、自宅を抵当に入れてでも無利子無期限で資金を援助してくれる支援者がいたことを描いて紹介している。

 その国岡商店の一世一代の大勝負は「日章丸事件」である。1953年(昭和28年)5月9日、中東紛争のあおりを受けて石油不足に陥った日本の窮状を前に、国岡商店所有の日章丸二世(1万9千重量トン)は万難を排してイランへ赴き、石油を国有化し英国と係争中のイランのアバダンから、ガソリンと軽油を満載して、日本へ向けて出向する。
 イギリスは、「イランの石油を購入した船に対して、イギリス政府はあらゆる手段を用いる」と宣言し、マラッカ海峡から南シナ海に軍艦を配して、日章丸二世の通過を待ち受けるが、新田辰男船長は巧みにイギリス海軍の目をかいくぐり、川崎港へ帰着する。
 英国アングロイラニアン社は積荷の所有権を主張し、東京地方裁判所に提訴するが、出光の勝訴が決定し、日本に石油を届けて国民を勇気付けるとともに、イランと日本との信頼関係を築き上げた。

 この頃の日本人は、本当に偉かったと思う。「どう考えても、無理を言っているのは米英である。政府が政治的判断から動けないならば、自由な立場の自分たちが、タンカーが来るのを待っているイランの人々のもとへ、日章丸を届けよう」と、出光佐三はそう思ったに違いない。人倫の道に悖ることなく、天地神明に愧じることはないとして、自分の信じる道を貫く姿は、今の日本人がどこかに置き去りにしてきた生き方ではないか。
 今、日本は近隣に厄介な国をかかえ、同盟者として手を携えていくべきアメリカは内向きの政治姿勢を余儀なくされている。東京裁判史観を基盤としている戦後国際秩序は、日本を悪の犯罪国家として位置づけるところに、拠り所を定めている。日本が、独善的な列強帝国主義を排し、アジア開放を掲げて大東亜戦争を戦った大儀を主張すれば、戦後の国際秩序を訂正する取り組みを避けては通れない。日本国民にその覚悟はあるか。
 中韓に堂々と対峙し、アメリカの真のパートナーとしての道を築くためには、国民の不退転の覚悟が求められる。


 読書トップページへ