◆ 「アンジェラの灰・アンジェラの祈り」       2004.7.14【読書100】
   
(フランク・マコート著、 土屋政雄 訳、 新潮クレスト・ブックス)


 この本が面白かったのは、私のアイルランド好きのせいなのだろう。司馬遼太郎氏の「愛蘭土紀行」によると、アイルランド人とは、頑固、強情、カトリック教徒だからどんどん子供を生むし、痩せた国土のせいでいつも貧困にあえぎ、怠惰、呑ン兵衛。産業革命のころにはイギリスに制圧されていて、科学文明とか近代経済とかの世の中の発展から取り残されたところがある…とか。
 この物語は、1998年に500万部のベストセラーになり、ピューリッツァー賞を受賞した、著者フランク・マコートの自伝的小説「アンジェラの灰」の続編である。アンジェラは主人公の母親の名前、灰は遺灰。飲んだくれの父、貧困のアイルランドとともに生きた、母の遺灰を題名とすることで、アイルランド人として生きた日々を描いたものである。


 主人公はアメリカ生まれだが、両親がアイルランド人で、彼が4歳のころに一家で本国に送り返されてしまう。その後、彼はお金をためてまたアメリカへ渡り、高校教師になって、ネクタイをしないと怒るようなアメリカ女性と結婚するのだが、結婚式のときベロンベロンに酔ってしまって新妻に結婚指輪を捨てられ、それを肴にまたみんなで痛飲するという素晴らしさ。生徒から預かった教材費を、給料日までの生活費にしたりの破天荒ぶりもアイリッシュなのである。それでも彼は、日常は熱心な教師…。著者のフランク・マコートは、下町のガキどもにシェイクスピアを叩き込む名物教師で、名門ブレップスクールにスカウトされた実績を持つ。
 主人公の父親はアル中で家族を捨ててアイルランドへ帰っていたのだが、「生まれ変わって禁酒している」という手紙が来て、さびしい母親は父親を呼び戻す。「もし本当に禁酒していたら、呑ン兵衛の俺の立場はどうなる」と主人公は心配するが、さすが父親は改心していなくて、ちゃんと泥酔して戻ってくる。断酒会に行って、主人公が、「親父ダメだよ」とか言いながら飲ませて、自分も飲んでいる。
 結局、彼はアルコールが原因で妻と別れるのだが、弟はバーを開いて大当たり。ヒップな弟は優雅に家族仲良く暮らしていて、堅実な生活を選んだ主人公のほうが、滅茶苦茶な人生を送っている。だから人生は一概には語れない…。
 これは西部劇なのだ。ジョン・ウェインやジョン・フォードといった西部劇の立役者は、実はほとんどがアイルランド人であって、酒場で飲んだくれては拳銃をぶっ放すというメンタリティは、アイルランド人の精神構造と日常から創出されたものである。例えば「シェーン」は「ジョン」のアイルランド読みであり、「シェーン、カムバック」と呼ぶ子供の声を振り切って、彼は次の町へと去っていくわけだが、これは、「父ちゃん、戻ってきて」と言われても、また次の飲み屋へ…というアイリッシュ・スタイルなのである。


 しかし、最もアイルランド人らしいのは著者のフランク・マコート本人であって、小説では彼の分身である主人公は、母の遺灰を故郷リムリックの墓地に撒くのだが、実際は、マコートと弟が酒を飲んでいるうちに、遺灰をなくしてしまったらしい。原稿ではありのままを書いていたのだけれど、そのまま小説にしては読者の顰蹙を買うと版元に言われて書き直したと、テレビ局のインタビューに答えて喋っていたという記事を読んだことがある。、
 

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