【教育29】 東大生の無料ネット学習塾  2014.01.21  

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 「地理的・経済的な教育格差の是正」を謳い、誰もが無料で行きたい大学に行ける学習環境を実現することを目的に、インターネット上で学習塾を展開している「manavee」なるサイトが、テレビで紹介されていた。高校生を対象として、自らの受強体験をもとに、大学生が黒板の前で授業を展開し、8ミリビデオで撮影してインターネットに流す。北海道大学から九州大学まで全国30大学、300人近い学生らが「先生役」として協力している
 受講料は無料。『教育で金儲けするな』と言ってきた章くんが、15年ほど前に作ろうとしていたシステムだ。(そのシステムについては、昨年にも書いている【参照】
 昨今は小学生でも塾へ通う費用が3万円とも5万円ともいわれ、大学受験のための予備校は半期で30万円とか50万円とかの授業料を要する。兄弟が3人も居れば、1ヶ月の塾代が10万円を超えて、今や教育費は家計にとって大きな負担である。日本の少子化の要因となっていることも否定できない。
 章くんは、昭和48年から10数年にわたって学習塾を経営してきた。40才を過ぎたら仕事をやめようと思っていたので、60年代に入って間もなく新しい生徒の募集を中止し、在籍していた生徒を卒業させて、平成4年に閉講した。
 『教育で金儲けする奴は、人間のクズだ』と言ってきた章くん、学習塾を経営しているときも、受講料はできるだけ安く抑えるように努めてきたつもりである。昭和50年ごろ、大卒初任給が10万円ほどの時代に、章くんの学習塾では一講座あたり2500円。小学4・5・6年生は週2回各1時間でそれぞれ月額2500円。中学生は1・2・3年とも数学と英語の講座に分かれていて週2回各1時間で2500円、数学・英語を両方受講すれば各週2回各2時間となって5000円だ。
 2年ほどで生徒数は300名になり、1ヶ月の売り上げが約75万円。25万円の家賃を払い、事務員さん、5人の講師たち、そのほかに駐車場などの経費を支払うと、利益を上げるのは難しかったが、それなりに楽しく過ごせていた。
 もっとも、世は高度成長期で、人件費をはじめ諸経費も瞬く間に増大し、受講料は5年ほどで2倍近くに値上げしたが、そのころには生徒数は900人、14人の職員の人件費も2倍になっていた。
 それでも、ほかの学習塾と比べて受講料は安かったと思うし、夏期講習5日間で5万円などといった、効果も期待できない金取り企画などは一切やらなかった。むしろ、学習効果を挙げるには、友達同士とか講師との信頼関係を築くことが重要だとの理念のもと、5月と11月の遠足、8月のキャンプなどの行事はいろいろと催した。事実、夏に2泊3日のキャンプを過ごした子供たちは、授業態度や考え方などが大きく成長し、打てば響く人間関係を築くことができたのである。
 生徒それぞれの遠足・キャンプの費用は、実費の半分を学習塾から補填した。春は名古屋の東山動物園、夏は多気町の青少年キャンプセンター、秋は赤目・御在所などの紅葉をバスでめぐる旅行に出かけることにしていた。学習塾協会の先輩は、「何かのイベントを行ったら、それで幾らかを稼ぐようにしなきゃね」とアドバイスしてくれたが、「金儲けなら、他のことをすればいい」と章くんは思っていた。

 40才になったら仕事をやめて、齷齪(あくせく)しないと決めていた章くん、平成になって間もなく講座を閉じたことは上にも書いた。また、「親に養ってもらっているお前らに人権なんてあるかぃ」と言っては、子供たちの頭をポッカーんと張り飛ばしていた章くんも、40才を過ぎてからはだんだんと子供たちと目線が合わなくなり、同じ話題で笑い興じることができなくなったきたことも、閉講を決めた要因であった。
 この頃、学習塾にかかる費用は社会問題化していた。「家庭が裕福でないものは満足な教育が受けられない」、「東大生の家庭の多くは年収600万円以上」、「教育費が家計を圧迫している」…などといった指摘がマスコミをにぎわせたが、政府も、文科省も、学校も、抜本的な対策を講じることはなかった。学習塾が隆盛になるということは、公教育の敗北を意味する。この状況に、政府・文科省・学校、そして教師たちが、自分たちの誇りをかけて復権を図ろうとするべきだと思うのだが、唯々諾々と現実を受け入れている姿に口惜しい思いをしているのは章くんだけではないだろう。
 この状況に、章くん、かつての教室の授業をビデオに撮り、インターネットで公開しようと計画したのである。料金は、東大生諸君のタダという発想には及ばなかったのだが、運営費として月100円、年額1200円を志のある人から振り込んでもらうことにしていた。だから、原則はタダである。無料で受講しようというなら、それで全く構わない。運営費を振り込んでやろうという人だけが、年に1回1200円を振り込んでくれればありがたいというシステムである。
 今日まで、この計画が実現していないのは、章くんがいろいろな人に相談しすぎたからだということを、今回の東大生諸君の『manavee』から教えられた。誰に頼ることも、何を期待することもなく、ただ、自分が目指す「すべての子供たちに、学問することの喜びと、確かな学力を習得させるために」という目的のため、淡々と歩めばいいと知らされた。
 学問するということは新たな知識を得ることであり、新たな知識を得るということは、新たな世界を開くということである。志を同じくするものたちが、新たな未来を開いていく営みは壮大であり、ロマンに満ちている。学問するということは、かくも面白く、興味の尽きないアクティブなのである。
 子供たちの笑い声が響く中にも、新たな世界を探求する厳しさがあり、自分の力で次へ次へとページを繰っていく、あの教室をインターネットの画面に実現していこうと思う。そこでも子どもたちには、「習得した学力も、豊かな人間性を基盤としてこそ、大きく花開く」ということを考えさせていきたいと思う。

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