【155】 松阪牛「和田金」 -肉を食べるときの章くん流作法-   2009.01.29


 先日のラウンドで、僕が奈津ちゃんにグロス負けしたという話をどこで聞きつけたのか、名古屋のゴルフ仲間の真美ちゃんが、「いつ、私たちにご馳走してくれるのさ」と電話してきた。『ン、私たち?』…真美に約束した覚えはないが、嗅ぎつけたご褒美に一緒に連れて行くことにした。
 「お昼ごはん、抜いてきたからね」と言う2人と、松阪へ向かった。市中へ入ると、「この町は金と銀に制圧されてるね」と真美が笑う。いたるところの電柱や街角に『和田金』と『牛銀』の看板が溢れているからだ。今日は、そのうちの金のほうへ行く。真美のように松阪初めて…という人には、『和田金』の名前はブランドらしい。(実は僕は、銀にはあまり良い思い出がない【参照】


 和田金は外観も5階建ての大きなビルだが、中へ入るとそのロビーの豪華さにまた驚かされる。「何これ、温泉旅館もやってンの?」と真美はたまげている。
 仲居さんに案内されて、部屋へ通された。

 奈津子もよく食べるが、真美は輪をかけて大食漢である。まず、すき焼きと網焼きは外せないから、それぞれ2人前ずつ頼んだけれど、それではとても足るまい。で、「ステーキも食べる」と言うので1枚注文し、僕は牛刺しを頼んだ。




   注文を聞きながら、仲居さん、炭を積んでいく。パチパ
  チと音を立てて熾っている種火を真ん中にして、見事に備
  長炭を組み上げた。                →







← まずは肉刺し。
  刺しが入った霜降りと赤身の2種。
  大根を添えて、しょうが醤油で
…。
 







     ステーキが出てきた。        →
      まぁ、とうってことはないステーキ…。


 

 次は網焼き。名だたるすき焼き店では、伊賀肉の金谷も、近江牛の毛利志満も、飛騨牛の鳩谷も、焼くのも炊くの盛り分けるのも、全て仲居さんがやってくれる。客はただ、箸を持ってスタンバイしていればいい。


← 2枚で1人前。たまり醤油をたっぷり入れた鉢にドボンと漬け、焼いている最中にもたれを塗って焼き上げる。焼きあがると、あらかじめ温めてあるお皿に取り分けてくれる。
 

 
てかてかの出来上がりィ  →
  
バターか、タレか、からしで


 この分厚い肉が箸でサラッと切れる…なんて驚いてちゃいけない。松阪の住人に言わせると、「箸で切れないなんて肉と違う」らしい。


 これって、シャトーブリオン…? (通常、筋肉は運動している部分ほど硬くなるが、このシャトーブリオンはサーロインと肝臓の間に存在する部位で、運動にほとんど関わらないところだから、とても柔らかである。1頭から500g程度しか取れないという) しかも、松阪牛の…。
 そもそも松阪牛とは、但馬地方(兵庫県)より、生後7ヶ月~8ヶ月ほどの選び抜いた子牛を導入し、約3年間、松阪市近郊の指定地域の農家で1頭1頭手塩にかけ飼育するものをいう。特に、牛の食欲増進のために与えるビールや、焼酎でのマッサージは有名だ。
 ついでに、もうひと講釈…。「和田金」の店名は、初代の松田金兵衛が修行した東京深川の料理店「和田平」の和田と自分の名前金兵衛の金をとって、東京京橋に仕出し料理店「和田金」を開店したのが始まりである。金兵衛は1876年(明治9年)に松阪へ帰り牛肉店を開店。その一環として鋤焼き(すきやき)を始め、それまでぶつ切りが常識だった牛肉の切り方を薄く大きく切ることによって一層うまみが増すことに気づき、店は大繁盛した。その後、直営の和田金牧場を開設し、常時約2,500頭の黒毛和種(雌牛)を育てている。 
松坂 すき焼きやいてます


とき玉子に浸してパクリ… →

← さて、すき焼だ
。まずは肉(1人前2枚130gだから1枚は65gか)をすき焼き鍋に入れてたっぷりと砂糖をかけ、割り下で味を調えてしばし待つと、こってりしたすき焼きが出来上がる。





















 『和田金』には、懐かしい思い出がある。まだ僕が中学生の頃、母や親戚の叔父叔母と一緒にこの店に上がったとき、すき焼きの材料が整えられて仲居さんが席を外したので、パチパチと爆ぜる炭火を勿体ないと思ったのか、母が家でしているように鍋をかけて肉を入れはじめたところ、戻ってきた仲居さんが「私どもで全ていたしますので」と言って、鍋も肉もむ新しいものに取り替えていた記憶がある。母はその後、長い間、「和田金では叱られてしまった」と苦笑いしながら人に話していたのを思い出す。


 さて、肉を美味しくいただく作法だが、網焼きでもすき焼きでも、焼き(炊き)始めたら、参加者一同、箸を持って待ち構える態勢づくりが肝要である。薄切りの肉片を鍋に入れて砂糖と割り下をまぶし、さっと焼いて半分ぐらい赤くなったらすかさず器に取って即座に食べないと、せっかくのおいしい肉が台無しになる。鍋に肉を入れてから、「あっ、トイレ…」なんて立ち上るものは、松阪肉のすき焼きを食べる資格はない。
 焼肉だって網焼きだって、とにかく炊き(焼き)始めたら集中しなくてはいけない。肉を食べるときに、もっとも大切なのはタイミングだ。
 焼肉ならば、網の上に置いて表面の色が変わったらすかさず裏返し、内部の赤みが残っている間に取り上げてタレをつけ、口に放り込むことだ。そうすると肉の柔らかさは損なわれず、中から肉汁が旨味となって口の中に広がる。「よく焼かないと寄生虫がこわい」なんて言って、何度も裏返して焼き、最後は消し炭みたいになったのを食べているのがいるが、それでは牛に対して失礼だ。食べるほうも命を賭けて食べてこそ、食べられる牛も浮かばれるというものである。牛を食べて寄生虫病になったというなんて人を、僕は知らない。それよりも交通事故に遭う確率のほうがはるかに大きいから、車に轢かれて死ぬほうが先だろう。



← 最後に、すき焼きの出汁で野菜を煮る。



 「ン、肉なしで煮るの?」と、肉はもうみんな食べてしまった真美が物足らなさそうに言う。「まだ入るのか」と聞いたら、「まだまだ食いてぇ」と言うので、1人前を追加した。その追加分にも、野菜がついてきた。終わらないじゃないか(笑)。
 

 野菜と一緒に炊くと関東風の「煮る」系すき焼きになるが、それでも『肉は赤いうちに食べる』心得を忘れてはならない。
 肉の出汁をたっぷりと吸った野菜も、なかなかに美味しい。水分が出ないようにという配慮だろうか、シラタキや白菜などは入っていない。


 最後のご飯はお腹一杯で苦しかったが、すき焼きのあとのご飯には美味しい食べ方がある。ひとつは、肉や野菜を浸したとき玉子とすき焼きの出汁とを白飯にかけて、すき焼き汁玉子かけご飯にするもの…。もうひとつは、すき焼き鍋の中の具材を平らげたあと白飯を入れて火を加え、すき焼きチャーハンを作るのである。すき焼きの旨味が沁み込み、肉の脂でピカピカしているチャーハンは絶品である。この日はもう満腹で、チャーハンづくりは披露してこなかったが、さまざまなところのすき焼き店で好評だった。


 腹ごなしにカラオケスナックへ寄って、10時過ぎに帰途に就いた。


 帰り道、真美は気持ちが悪くなり、東名阪のSAへ次々と寄って、ゲーゲーしながら帰ったという(笑)。
 僕が0.5人前、奈津子が2人前で、真美は3.5人前は食べている。
食べすぎだぁ~!


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