【169】 乱高下する株価、迷走する政局               2008.10.27
 

世界金融危機


  株価の値下がりが止まらない。これを書いている今日27日(月)には日経平均が7486円とバブル崩壊後の最安値をあっさりと下回った。失われた10年といわれた低迷期を下回る安値である。
 世界の金融市場の混乱から、比較的地盤整備が進み安定しているといわれる日本の「円」が買われ、ドルに対しては94円(ほんの2ヶ月前には110円台)、ユーロには123円(同170円)だったものが、サブプライムローンに端を発したアメリカの金融破綻を契機に、20〜30%ほども跳ね上がっているのだ。
 僕は先月の18日の【雑記帳】に、いずれ日経平均は1万円を割り込み、世界金融の混乱は経済規模が小さな国や後進国・発展途上国が財政破綻を生じる国が現れ、不況・インフレ・物不足に襲われた国民の暴発が起こるのではないかと書いた。それからちょうど1ヶ月で、当時12000円台にあった日本の株価は8000円を割り込んで4000円以上値下がりしているし、世界ではアイスランド・ウクライナ・ハンガリー…などといった国々へ、IMFの援助が行われている。
 世界は1929年の大恐慌以来の混乱に陥っている。当時に比べれば金融情勢は整備されていて情報は敏速に共有できるし、何よりもひとつの国が単独で利益や防御を確保できる時代ではないから、混乱の度合いはまだしも浅いが、しかしその分だけ幅広い。
 サブプライムローンというアメリカ金融界が考え出したペテンに、世界の金融界のプロが踊ったというのも笑止な話だ。僕は今年の年頭、【146】(中段)で「アメリカのサブプライムローンの危うさ…中略…は、当時から歴然たる懸念材料であった。この住宅バブルがはじければ、世界経済を支配するアメリカでの経済破綻だけに、全世界に与える影響は日本の失われた10年の比ではない。世界が抱える危うさに、こころするべきであろう。」と書いた。それ見たことか…などと言うつもりは毛頭ないが、基幹産業を輸出に頼る日本経済としては、この世界不況は腰を据えてかかる必要がある。
 他方、庶民レベルとしては、「海外旅行や輸入品が安くなった」といった受け止め方をして、この嵐の過ぎ去るのをじっと待つのが最善の策だろう。持っている株が値下がりしてしまった人は、持ちこたえることだ。売らなければ損はない、5年もすれば日本の株は元に戻る。いや、もっと早いかもしれない。
 今の日本の株価は異常な安値で、比較的金融事情は安定しているのに、欧米よりも下落率が大きい。外人の投資が60%という特異な事情がここにはあって、日本市場よりも本国のほうが優先されるから、投資された資金は引き上げられる。日本の株価は、いずれ劇的に回復するだろうが、とすれば今が買い時…などと勧めるつもりもない。株で大穴を空けた人の悲惨さを、嫌というほど見てきているからだ。利食いをするならば、自己責任でリスクを覚悟するのは鉄則である。


政 局  − 現状では解散できない。年明け早々か… − 


 世界金融危機を前にして、いつ解散するのがいいのかわからなくなつているのが麻生首相である。世直し期待…、政権交代…、事務所を開いてしまった議員…など、いろいろな方面から寄せられる「早期解散」の声を前に、「解散は私が判断する」と漫画チックに大見得を切る麻生さんだが、解散は霧の彼方にかすんでいて、その時期は見えてはいまい。新政権発足時の余りの支持率の低さに解散を躊躇していたら、金融危機という大波をかぶって右往左往…、今はいつ解散するのがいいのかの判断もつきかねているというのがホントのところだろう。
 「庶民感覚がわかっていない」「いつ政治のことをじっくりと考えるのだ」と批判されている麻生首相の高級ホテルバーでの連日の会合は、週に4日とも5日とも言われる頻繁さだ。「政治のあれこれを論議・相談しているのだろう」という好意的な見方もあるが、僕はひとりになるのが恐い麻生太郎の夜の過ごし方なのだろうと思っている。
 漫画が好きだという麻生首相は、押し寄せる難題に沈思独考する強靭な思考形態は、失礼ながら持ち合わせていないと思う。彼の演説やぶら下がり会見を聞いていても、内からにじみ出る不壊の哲学やそれに裏打ちされた確然たる言葉は出てこない。だから、気の合う連中とワイワイガヤガヤと時間を過ごす中で明日の言動を模索し、疲れ果てたのち官邸へは寝に帰るという毎日なのだろう。そんな彼には、目の前の政治日程をこなしていくことが救いでもあるのだ。
 文芸春秋11月号に寄せた「国会の冒頭、堂々とわが自民党の政策を小沢代表にぶつけ、その賛否をただしたうえで国民に信を問おうと思う」の一節は、『冒頭解散』を書いているじゃないかと野党やマスコミに迫られる材料にされているが、当時と今では政治を取り巻く状況が大きく違うことも事実なのだから、僕としては「書いていることとやっていることが違う」などと言うつもりはない。それよりも「難局であるほど夜明けは近いと思う。… 私は楽観する。… 私は逃げない。… 途中で勝負を諦めない」と繰り返す言葉の中に、いたずらに自分を鼓舞する危うさを感じるのは、僕もまた漫画世代だからだろうか(苦笑)
 現在の政治状況のものとでは、麻生太郎は解散の決断はできまい。「金融危機・世界不況の前では政局よりも政策…、解散すれば自民党が負けるから…」など、解散を先送りする理由はいくらでもあるが、それならば先に送れば状況は好転するのかといえば、それへの答えも持ち合わせてはいないはずだ。むしろ、これから経済状況はますます悪化し、内閣支持率は低下する一方だろう。ならば今、「医療の再生」(著書「とてつもない日本」より)とか、「年金の公的資金化」(文春2月の「基礎年金は全額税方式」という発言)といった、思い切った安定策をひとつ争点にして解散に踏み切ることも一策かと思うが、政権交代は避けられないであろう選挙に打って出る決断はできないといったところか。
 僕がここに「解散はできまい」と書いているぐらいでは解散しないだろうけれど、朝日と毎日あたりが「解散はできまい」と書いたら(読売はそうは書けない)、麻生太郎のことだから、即座に「解散!」と言うかもしれない。漫画チックだから…(笑)


再び世界金融危機と日本の対応 


 サブプライムローンに端を発したといわれる「端」とは、アメリカの住宅専門金融機関「フレディマック(米連邦住宅貸付抵当公社)」と「ファニーメイ(米連邦住宅抵当金庫)」の2社が、住宅バブルの崩壊により、8月に発表した4−6月期決算で、それぞれ8億2千万ドル(約821億円)と23億ドル(約2300億円)の巨額赤字を計上したことであった。
 2社ともにその名称が示すように政府系金融機関として設立され、自ら社債を発行したり証券の保証をしたりして資金の調達や需要の拡大を図ってきたのだが、米財務省は両社を「政府支援機関」と呼び、両社の社債を「政府機関債」(GSE債)と呼んでいたのである。GSE債は米国債と同等の信用を持つ金融商品として、米国内はもちろん世界各国が買い求め、日本でも政府、日銀を初めとして、農林中金や三菱UFJ、日本生命などが大量に保有していた。
 ところが、両社は1970年と1988年にニューヨーク証券取引所に上場して株式会社となっていて、法律上、米国政府の保証は一切ない存在となっていた。それにもかかわらず、誰もが両者を準公的機関と信じ込み、その社債はアメリカ政府の保証があって安全だと信じていたというのだから、米国の政府がらみの詐欺と言うか…、世界の金融のプロも当てにならないと言うか…。
 世界に広がった住宅ローン担保証券は約12兆ドル(1279兆円)に上っていて、そのうちの5兆ドルをフレディマックとファニーメイが保証している(日本の実質GDP=国内総生産561兆円とほぼ同額)。9月、影響の重大さを考えて米連邦政府は両社に公的資金を注入することを決定したが、その膨大な社債や保証する証券にどれぐらいの焦げ付きがあるのかは誰にもわからない。両社の株価は、それぞれ今年初め40ドル・34ドルあったのが、9月には7ドルと5ドルになってしまった。
 こうして始まったアメリカの金融不安は9月15日世界5大投資銀行のひとつ「リーマン・ブラザーズ」の経営破綻(負債総額6130億ドル=約63兆8千億円)、16日に米保険最大手AIGに850億ドル(=約9兆円)の公的資金注入、25日にはアメリカの銀行史上最大の破綻…ワシントン・ミューチュアルが倒れた(総資産3097億ドル=約32兆8千億円)。投資銀行第1位と2位のゴールドマンサックスとモルガンスタンレーは投資銀行の看板を下ろしてFRBの直接指揮下に置かれ、3位のメリルリンチはバンクオブアメリカに買収された。さらにモルガンスタンレーは三菱UFJに20%の出資を仰ぐなど、米国金融界には激震が走っている。
 巨額の注入資金を必要としている米国の国債は大丈夫なのか。総資金は1兆8千ドル(=191兆円)に達するともいわれ、それだけの資金がFRBiにあるのかどうか懸念する向きもある。もし更なる資金調達が必要であるとしたら米国債の追加発行が必要となるが、国際金融機関が米国債を引き受ける場面をどのように想定しているかはわからない。いずれにしても、米国と米国債への信用が著しく低下していることは確かだろう。


 その米国債を世界で一番多く保有しているのが日本である(5500億ドル=約57兆円)。かつて橋本元総理が米国の大学での講演で、「もし日本が米国債を売ったら」と話しただけで、その相場が下落したというのは有名な話だ。
 日本は米国との結びつきから、今、米国債を売りに出すことはないだろうが、ヨーロッパ各国では手放し続け、アメリカの危機をヨーロッパの利益にしようという計算だ。ユーロをドルに代わる基軸通貨にしようと目論んでいるのではないかとすら思われるが、そのユーロ圏自体も今回の世界金融危機からは逃れられずに、各国は対応に追われ苦しんでいるというのが実情だろう。
 ここではヨーロッパの事態はひとまず置いて、日本の今後について考えてみたい。三菱UFJのモルガンへの出資や、野村ホールディングスのリーマンアジア・欧州・中東部門買収は、リスクを取りつつも世界に打って出ようとする日本の金融機関の試みである。他にも、みずほコーポレート銀行…メリルリンチ(金融)、新生銀行…GEコンシューマー・ファイナンス(金融)、東京海上…フィラディルフィア・コンソリティティッド(保険)、東芝…ウェスティングハウス(原子力)、武田薬品…ミレニアム・ファーマシューティカルズ(製薬)、ソニー…グレースノート(IT)、リコー…アイコンオフィスソリューション(機器販売)、三井化学…シルビューテクノロジー(化学)、藤倉化成…レッドスポット(化学)などなど、実に数多くの企業がアメリカ企業を買収して世界進出を視野に入れている。早晩、中国やインドの企業がアメリカ企業を買収して進出する時代が来ることだろう。今はアメリカとしても、かつてのように日本バッシングに出ることはない。
 もがき苦しむ巨象アメリカ…、その厩舎へ飼料(資金)を手にして入っていくことは、日本と日本企業の明日を開くのか、それとも単にたかられて終わりなのか。企業のこれからは、各企業の努力に期待すると書くに留めるが、今回の金融危機で何よりも懸念されるのは、日本の金融機関が抱える破綻した米国金融機関の社債と、そして米国債そのものである。
 例えばリーマンの回収不能といわれる無担保劣後債を日本の銀行は多く抱えている。都市銀行8社の債権総額は16億7千万ドル(約1753億円)、地銀30行の合計債権額は6億ドル(約630億円)といわれる。今後、何年間かをかけて利益を積み上げて取り返していかなくてはならない金額であり、またこの損失のために貸し渋りや貸しはがしが生じるとしたら、金融の失敗を国民にしわ寄せすると批判されても仕方がないだろう。
 そして、先述したように信用度が低下している米国債を、日本はこれ以上に引き受けなければならないのかという問題である。アメリカの金融危機は、今後さらに拡大することを覚悟しなければならない。FRBは公的資金注入を余儀なくされ、米国債の発行も増加するだろう。しかし、それを引き受けるのは日本(と中国?)以外にはもう見当たらない。米国債を引き受けるということは、アメリカのリスクをそのまま引き受けるということである。
 日本は、アメリカの属国として従順に従ってきたからこそ経済的発展を遂げたということも、アメリカの傘の中で安住してきたからこそ安全を保証されてきたということも、事実である。しかし、今はアメリカのパートナーとして世界の秩序に役割を果たし、アメリカの誤謬を正していく立場を確保していかねばならない。安保理入りに反対され、拉致問題を無視して北朝鮮のテロ国家指定を解除されるなど、日本の存在はないがしろにされている。
 アメリカは、1924年の排日移民法の制定以来、いや幕末の黒船来航以来と言うべきか、歴史的に日本を対等な国家として認めていないところがある。アメリカをして対等のパートナーと認識させることのできない、日本外交の脆弱さにも責任があるところだが、米国債の引き受けに際しては、これを担保にして、日本の要求をはっきりと伝えることである。アメリカに逆らう内閣は長続きしないという怪情報(怪事実?)もあるが、それは国益を売ってアメリカと取引しようという売国奴が居るからだろう。一丸となってアメリカの圧力を排除する体制が日本に出来上がっていたら、アメリカにつけ込まれることもない。もちろん、アジアやヨーロッパ、アフリカなどの国々との連携も、常々怠ってはならないことである。
 日本は世界経済を支える救世主となりうるのか。それとも、これからもアメリカの僕(しもべ)としてATM(現金自動支払機)の役割を負わされ、巨額の米国債を受け入れるのか。麻生太郎の決断を見せてもらおうではないか。



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