【262】 消費税増税の前に −どこへいった、構造改革−   2013.09.10


 「増税の前にやるべきことがある」、かつては増税の前には国家の無駄遣いを見直して、政官が襟を正した姿を国民の前に示し、もって増税をお願いしようという議論が盛んであった。公務員改革・国政改革の諸懸案は、何も実行されないままに現在に至っているが、その進捗を求める声もどこかへいってしまったままに、増税議論だけが盛んである。
 第一次安倍内閣(2006年9月−2007年8月)の行革担当相だった渡部喜美(現みんなの党党首)は官僚の幹部人事を内閣府が一元的に握る内閣人事局の創設を掲げた公務員改革法の成立に奮闘し、安倍内閣のあとを継いだ福田康夫・麻生太郎内閣の後退によって成立が危ぶまれたこの法案を、民主党の賛成を得て成立させている。しかし、伊吹文明幹事長、町村金吾官房長官(いずれも当時)の暗躍などで骨抜きにされていく同法の扱いに怒って自民党を飛び出し、「みんなの党」を結成したのは周知の通りだ。
 民主党は2009年、『国民の生活が第一』のスローガンのもと、バラマキ4K政策(子ども手当、高校無償化、(農家の)戸別補償制度、高速道路無料化)を掲げて政権後退を果たすわけだけれど、その財源はどこにある…と問われて、『国政の無駄を省けば12兆円が浮く』と算用している。
 事実、当時の天下り法人数は約4600、天下り役人の人数は約28000人で、費やされる国費はおよそ12兆6000億円と言われていた(2005年時、衆院調査局調べ。)
 公務員改革を断行しようとした第一次安倍政権を打倒するために厚生官僚は「年金不正流用、消えた年金」などわリークし、国民の怒りは長期政権の上に胡坐をかいて来た自民党政権に向けられた。年金流用の象徴としてクローズアップされた保養施設「グリーンピア」には、年金保険料500兆円の中から実に6兆8000億円の資金が注入され、たくさんの厚生省OBが天下っていた。
 おびただしい数の政府関係法人(国の政策遂行に関わる特別な法人の総称。大きく分けて、特殊法人、独立行政法人、公益法人など)だけでなく、官僚の民間企業への天下りも官民癒着の弊害を生み、国益や国民の利益がそがれる大きな原因となっている。
 例えば東京電力へは監督官庁の経産省からここ45年間にわたって副社長を出しているし、農林中金の理事長は代々農林省の事務次官の指定席だ。「天下りは絶対に認めない。根絶!」と叫んでいた民主党政権になってからも天下りの実態は全く改善されず、2009年9月からの1年間で2101人が天下り、しかも自民党時代にはなかった現役出向という制度を作って2139人を出向させている。合計4240人の就職先斡旋が行われているのである。
 民主党は、現役出向制度は退職後ではないから天下りではない(退職金も2度受け取らないから問題ないとすり替え論議を堂々と述べていた)としているが、丸抱えの就職の世話であり、さらに出向元へまた戻ってきて幹部になる可能性があるのならば、更なる癒着・便宜供与が図られる懸念もあるということだ。
 天下りはなぜ弊害なのかというと、役人の地位利用という役得に加えて、出向元官庁からの受注という金銭的利益誘導とともに、文句を言われない…便宜が図られる…という利益誘導が問題とされているのだから、現役出向のほうがより弊害は深刻だといわねばならない。
 所詮、連合・公労協などの労働組合を支持母体とする民主党には、国民サイドに立った構造改革は無理であった。自民党時代には2年間は直接の利害関係先には天下らないという不文律があったけれど、民主党になってからは、経産省の貿易経済産業局の局長がいきなり住友商事に天下り、資源エネルギー長官がそのまま東京電力の顧問に入り、国税庁長官が次の日に東日本銀行の頭取になるなどやりたい放題…。財務省の元次官が日本郵便経の社長に政治がらみで就任した人事には、国民を見ない強権的な民主党政権の正体を見た思いに辟易したものである。


 日本の構造改革…その中核に位置する公務員改革を論じるとき、必ず聞くのは「日本の公務員の数は、諸外国に比べて人口比ではとても少ない」という、官僚自身や擁護派の面々がよく口にする言葉だが、ホントにそうか。なるほど国民1000人あたりの主な国の公務員数は、サウジアラビア(57.4)を筆頭に、フランス(40.8)、ロシア(38.1)、ドイツ(34.5)、イギリス(34.1)、世界最高の福祉国家といわれるデンマーク(32.4)、イタリア(24.0)、アメリカ(22.2)、そして日本(17.5)と、先進国では最下位である。
 しかし、日本では社会構造が他の国とは大きく違う。世界では、例えばアメリカで、フォード、ゼネラルモータース、クライスラーのトップが会食したというだけで独占禁止法に抵触するのではないかと捜査の対象になるほど社会の目は厳しい。ライバル社の社長同士が会うときは必ず弁護士を同席させるというほど、アメリカは談合に対して懲罰が厳しく、100億円単位の課徴金も珍しくない。公正な競争こそ資本主義経済の根幹であり、企業と消費者に最大の利益をもたらすと考えられているからである。官僚は社会のレフリーか、せいぜいサポーターになるのが役割であって、プレィヤーになるなどは言語道断なのである。
 ところが日本では、例えば起業しようと思って役所に書類を提出しようと出かけると、あまりの煩雑さに起業の意思が萎えるというほど役所の目は厳しい。業界団体への管理も微に至り細に渡っていて、規制や監視は煩雑だし、ある業界では団体組織を立ち上げたら、経産省から「業界団体には業界のことをよく知る事務員が必要です」といわれ、了解したら2000万円の官僚が天下ってきたという。その職員が「企業年金を…、安全管理を…、技術指導を…」と言い出して、気がつくと1500万円クラスが厚労省、警察庁、文科省などから採用されていたとか。
 日本の官僚の支配網は、日常から社会の隅々まで張り巡らされていて、民間企業や独立法人に在籍しているOBや現役出向の官僚も加えれば現有人数の2倍にはなろうし、煩雑な手続きや規制によって企業のあり方も管理が容易な仕組みになっている。金融自由化が始まった頃、日本の金融部門監督官は400人。これに対してアメリカの監督官は6000人。「原則自由、ときに規制」の諸外国に比べて、日本は「原則規制、ときに自由」という状況なのだから、銀行など金融機関に対する指導・規制は日常的に行き届いている。日ごろからがんじがらめなのだから金融庁の役人は400人で十分…、その分、天下りや現役出向が企業のいたるところにいるのである。


 官民癒着団体といえば、職員数30万人を擁する農協は、日本最大の権益保護団体のひとつだし、農水官僚の協力団体のひとつでもある。TPP問題と合わせてちょっと触れておくと、日本の農業をここまでの不振産業にしたのは、農家の票をあてにした議員と、自分たちの権益を守りたい農水省&農協の罪である。
 日本は輸入した資源を製品にして輸出し、その利潤で食糧を買い、国内のインフラを整備してきた。今、TPP交渉を国内産業の保護を理由に回避しようという議論があるのならば、それは大きな間違いだ。コメは買わないが工業製品は買ってくれというのでは、議論の相手にはされない。そもそも日本のコメ作り農家は260万戸あり、8兆円の農業生産額である。が、トヨタ自動車は従業員35万人で22兆円、パナソニックは30万人で9兆円を売り上げている。いかに、日本の農家が企業競争力を持たず、過保護のもとに生き延びているかがわかろうというものである。
 農政の改革についてはここでは省略するが、長く保護して成長した産業はない。農協は、農家数の減少は自らの基盤の崩壊につながるから、とにかく農家の延命を図ってきた。その結果、農地の拡大も、一般企業の参入も、とにかく魅力ある農業の実現策をことごとくつぶしてきたのである。
 日本の果樹栽培や品種改良の技術は世界に冠たるものだ。美味しく安全なコメ作りには定評がある。それに、日本で常食されているのはジャポニカ米(日本・中国・台湾人が主に食べているのはジャポニカである)で、日本や朝鮮半島、中国東北部、台湾北部、またオーストラリアの南東部やアメリカ西海岸、エジプトで栽培されているが、世界のコメ生産量約5億トンのうちの15%に満たない。世界の大部分で作られている米はインディカ米だが、細長くパサパサしていて、日本人の食感にはあわない。
 それでもコメの自由化には乗り越えなければならない問題がたくさんあることは事実だが、今はTPP加入を前提として農業の発展を考えるべきである。


 日本は国の構造を改革しなければならない時代を迎えている。かつては技術開発からすぐれた製品を作り出して外貨を稼ぎ、その儲けでコンクリート工事を行ってインフラを整備し、競争力の劣る農業の保護に充ててきた。その後、外需で稼げなくなったのに、コンクリート工事は続行し、農業の門戸は閉ざして保護し続けてきた結果が、1000兆円を超える借金なのだ
 官僚統制による保護行政…、それはすなわち官僚の権益を守ることになるわけだが、今や保護規制を改め、開かれた市場を作り上げて、競争力を持った日本国にしなくてはならない。
 そのためにも、官僚支配の構造を改革し、規制を取り除き、無駄を省いた社会をつくることが大切である。国益よりも省益を優先するような官僚をこれ以上のさばらしておくような仕組みは一刻も早く改革し、日本の実力を遺憾なく国際社会に向けて発揮できる国づくりを進めることが肝要だ。そんな社会が実現されれば、国民も国を信頼して、消費税増税を納得するに違いない。


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