【寺子屋騒動3. 昭和49年1月】           寺子屋トップページへ


  開  講   − 1回目の授業 −                2005.12.20


 昭和49年が明けた。1月5日、「三重県教育センター」の開講である。時間割は、下表の通り。小5と中2に生徒がいるわけだから、火曜日と金曜日だけ授業があって、あとの曜日は開店休業である。 
 
時 間   
 
午後5時20分  
 〜6時20分
   小 4  小 5  小 6  小 4  小 5  小 6 
 
午後6時30分  
 〜7時30分
  
中1数学  中2数学  中3数学  中1英語  中2英語  中3英語 
 
午後7時40分  
 〜8時40分
  
中1英語 中2英語 中3英語 中1数学 中2数学 中3数学

 小5は丸山先生、中2英語は浜口先生、数学は章くんの担当である。正月休みは、授業プリント作りに追われて、忙しく過ごした。小4の沖野先生、小6の高井先生も、今は生徒はいないけれど、いつ入校希望生が来てもその日から授業が始められるように、準備は整えている。


 小5の最初の授業は子ども2名。そのお母さんが同伴して、計4名が受講した。丸山先生は自作のプリントを使って、つつがなく授業を進め、お母さんたちも安心して帰っていったようであった。しかし、章くんには、ちょっと不満…。「この授業を受けてよかった」「次回もぜひ来よう」と思わせる何か…、それがないと思った。


 つづく中2の生徒の3名は、同じ東橋内中学に通う友だち同士。落合友之、土井利也、吉田満、記念すべき、章くんの生徒第1号である。
 ぶらぶらっと教室に入ってきた3人は、うしろのほうの席に腰掛けて、授業の始まりを喋り合いながら待っている。章くんも、授業開始までの数分間、「学校はどうか」「ここまで何で来るのか」「夕食は済ませてきたのか」などと、取り留めのないことを言いながらコミュニケーションを図っていた。
 やがて定刻。まず、「起立・礼」。それまでの談笑の時間と授業開始との区切りをつける意味で、大切な儀式であった。
 一言ずつ自己紹介をさせて、教室の約束「@遅刻・欠席をしない。A人に迷惑をかけない。B約束を守る」を確認させた。
 @遅刻・欠席をしない…は、前向きの精神状態を維持させるための要素である。とにかく、何があってもその時間はこの教室へ来るのだという気持ちを持ち続けさせなければならない。前提として、授業が面白く魅力的でなくては、話にならないけれど…。
 A人に迷惑をかけない…は、日常生活でももちろんであるが、教室内においては、勉強しようとしている友だちの邪魔をしない、さらには努力する友だちと同じように自分も努力すること。友だちにとって、自分もまた良い友だちであろうとすることである。
 B約束を守る…は、人間としての誇りを保つ最低限の行為。また例えば、宿題はみんながやってくる約束だから、ひとり守らないというのは許されないし、また絶対に許さないといったような、教室内の約束に適用される。
 懇々と話し、「解ったか、約束するか」と確認する。3人は、「解った、約束する」と答える。彼らにしてみれば、当然のことだと気安く答えたのだろうが、この約束が彼らのこれからに重くのしかかることになる。


 授業が始まった。中2のこの時期の数学は図形の証明…、論理的な思考と説明が求められる単元である。
 章くん、中1で学習した平面図形の基本的な用語や定理を確認するための項目を記したプリントを配布し、黒板へ平行線や三角形・四角形を描いていく。落合が、隣の土井の消しゴムを手にしてプリントを消し始めた。土井が「自分のを使え」とかボソボソ言っている。
 章くん、何も言わずに、「さぁ、同位角はどれとどれか知っているかな?」などと言いながら、黒板の図を描き進めていく。と、落合が、今度は後ろを向いて、吉沢の消しゴムを取り、「お前のほうがよく消えるかな」とか言っている。
 そこへ、「こらぁ、落合ィ。授業中に何をゴソゴソやっとるンじゃぁ」と、章くんの一喝が落ちた。言われた落合は、キョトンとしている。「お前こら、さっき『人に迷惑をかけない』と約束したばかりやないか。ありゃぁ、嘘か」と畳み掛けられた。
 子どもはいたずらを小出しにして、大人の顔色をうかがう。最初、土井の消しゴムを取ってボソボソ言ったとき、何ンにも言わなかった章くんを見て、「こいつは生徒を叱れない」と甘く見たわけだ。それで今度は、うしろを振り返ってアクションを拡大させのである。
 章くんの罠にはまった。最初が肝心…、この先生は叱れないと見れば、子どもはいたずらをエスカレートするし、この先生は悪いことをすると絶対に許さないと知れば、子どもは身を律して生きていく。だから章くん、必要以上に厳しく叱る。
 もっとも、落合に言わせれば、「うしろを振り返ってボソボソ言ったぐらいで、学校では注意もされないから、つい習慣…」ということになる。特に、落合たちが通う東橋内中学は、当時、生徒が学校をサボったり、シンナー袋をかぶって構内を闊歩したりするのは、日常茶飯事であった。先生たちにしても、「うしろを向いとる程度で注意しとったら、体がもたん」と言うかも知れない。
 この時間中、土井は「学生服の襟のホックを外すな。ホックが止められないのなら、服を脱いでシャツで居れ」とやられたし、吉田は「机にひじをついて、ほお杖をするな。背筋を伸ばせ」と叱られた。
 あっという間に、受講終了の午後7時30分。「起立、礼」をしたときには、3人はクタクタ…。これまで生きてきた14年間に叱られた合計以上に、この1時間に叱られたことだろう。「次回の授業に、こいつら、出て来るのだろうか…」と、章くんでさえ心配になるほど、1時間中、叱られっぱなしであった。


 続いて、浜口先生の英語。穏やかな、ていねいな授業だったが、3人は数学の時間のカルチャーショックを引き摺っていて、いまいち元気がない。浜口先生は、「3人とも、おとなしい生徒やね」と言っていた。授業の様子は、事務室から丸見えなのだが、数学の授業が終わる頃にやってきた浜口先生は、その授業はほとんど見ていない。終盤の「シュン」となった3人と、おとなしい英語の時間の彼らを見ての感想であった。




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