【寺子屋騒動7. 昭和49年1月】           寺子屋トップページへ


  事務員さん登場   − 膨らむ赤字 −              2006.01.17


 授業が始まってから、ぼつぼつと受講希望の来訪者があったり、電話が鳴り始めた。
 中2数学の講座にも、柴山まゆみという女の子が入講して来た。市内のミッション系の女子中学に通う子で、しつけの厳しいことで知られた中高一貫の女子学園の生徒だ。掃き溜めにツルとは、このことをいうのか。
 「先生、あいつは無理や。俺らと一緒には勉強は出来やん。話しかけても返事せずに、笑ろとるだけや」と、掃き溜め3人衆はツルの前途を危ぶんだ。
 ところがこのツル、なかなかの根性の持ち主で、それからあとの補習授業も3人と一緒にこなしたし、学校での数学の成績も見る見るうちに上げていった。
 ただ、章くんにとって心残りであったのは、このあと間もなく、ツルの弟が入講して来たのだが、この弟も姉にも増して良い子であった。学年末の父兄懇談会で、お母さんに、「お姉ちゃんのガッツに比べ、弟は良い子過ぎて、枠が破れない。このままでは伸び悩む」と言ったところ、手塩に掛けて作り上げた至宝を壊せと言われたお母さんは、弟を退講させてしまった。
 3年後、彼は高校へ進学をしたが、講座にいたころの彼からは考えられない低レベルの高校であった。あのときに、余計なことを言わず預かったままにして、講座の中で脱皮させるべきであったかと、章くんは臍をかんだ。退講した子供であるとしても、自分にかかわったものが不本意な状況を迎えてしまったのは、納得がいかないことであった。
 まぁ、生ものを扱う商売だから、これから先も、さまざまな失敗談をご披露することになるのだが…。


 事務員さんを置かなくてはならない。入講の問い合わせを始めとする電話や来客の対応のためにも、誰かが事務所に居なくてはならない。章くんは、事務所にじっとしているなんてことは、性格に合わない。事務所を無人にして、「留守に来るのが悪い」とか言い、電話や来客には知らん顔で外出している。
 ケンジロウが心配して、事務員さんを探して来てくれた。瀬川友子さんという、養護学校の事務職の補助をしていた子だ。ケンジロウの店の女の子の友達で、養護学校補助職員の給料のあまりの安さを聞いて、「どこか良いところないですか」とケンジロウに相談したもの。面接して、「はい、良い時から来てください」とざっくばらんな章くんに、瀬川さんは「あのぅ、私、家が山のほうで、最終バスが7時過ぎしかなく、夜遅い勤務はできないンですが…」と言う。
 ここは学習塾だから、夕方からが勝負だ。授業が終わるのが8時40分…。あれっ、最終バスは遠っくに発車しているジャン。おいおいケンジロウ…と振り返るも、ケンジロウは知らん顔…。断ることが苦手な章くん、「あっ結構です。9時から5時までの勤務ということにしましょう」と決めてしまった。
 まだ、受講生の数も揃っていない三重県教育センター…。家賃も講師の先生たちに払う講師料も出ないというのに、またまた中途半端な事務員さんまで雇ってしまった。


 この日から瀬川さんは、ほとんど一人で事務所に詰めることになる。ただでさえ事務所に居ない章くんは、瀬川さんが来てくれたものだから、事務所には寄り付かずに、昼間は遊び歩いている。
 夕方からの授業にはやってくるけれども、5時から小学生の部が始まり、章くんの授業は6時過ぎからだから、5時までの勤務の瀬川さんとはほとんど顔を合わすことがない。1日1回は外から電話を入れて、「何か変わったことはない?」と聞き、「ありません」と言われて電話を切る。
 給料は、ケンジロウの店の女の子プラスαと、ケンジロウを通じて言ってある。それでも、「私、こんな金額、今までにもらったことありません」と感激の面持ちで言っていた。今まで幾らだったんだ…と、章くんは面食らう。


 年が明けてからの入講生で、小4から中2までの全学年に生徒が揃った、とはいうものの、まだ各学年とも3〜4人で、三重県教育センターの赤字は日々膨らんでいく。
 経費の内訳は、昭和48年のこの当時、ビルの家賃25万円、講師料1講座1ヶ月2万5千円×小4・5・6、中1・2・3年英語の6講座で15万円、章くんの中1〜3年数学講座はただ働き。事務員さんの給料・電気・暖房・ガソリン・電話・その他…25万円。1ヶ月の諸経費の合計は65万円。章くんの給料200万円(笑)を加えると、1ヶ月の経費は265万円だ(爆笑)。
 売り上げは、小学生7名で1万7千5百円、中学生の数学10名。英語8名で4万5千円の合計6万2千5百円。ナント、毎月258万7千5百円の赤字じゃないか。
 章くん、この危機的状況を乗り越えることができるのか…?


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