その3
 その1


第2日目 
つづき   サファイヤ、タイ・シルク、マッサージ、カラオケ



 午後は、このツアー、お買い物である。費用の安いツアーは、買い物を行程の中に組み込んで、お店屋さんからのバックマージンで稼ごうという仕組みなのだろうか。町はどこでも露店 メーター制タクシー
 章くんは、「僕なんか連れて行っても、何にもならんよなぁ。何〜ンにも、買わないもンね」と思っているけれど、口には出さない。実は、明日、このツアーを抜けて、ゴルフに行く積もりだから、ガイドのちえさんの了解を取らねばならないのだ。だから、機嫌を損ねないようにしている。
 まずはタイ・シルクのお店へ行くという。「タイのシルクは有名で、質のよいものが値打ちな値段で買える」とちえさんの話である。。
 タイ・シルクは、第2次世界大戦中のアメリカ領事館員であったジム・トンプソンが、公務のかたわら個人的な事業として手がけ、製作に工夫研究を加えてきたものである。土着の家内制手工業であったタイのシルク生産を、彼は生産工程や染色に欧米技術を導入し、デザインも洗練されたものへと改良を加えていって、世界市場へデビュ−させたのである。
 トンプソンの名は、タイ・シルク王としての名声とともに、その悲劇の結末で知られている。友人と別荘にピクニックに行った彼は、昼食のあと忽然と姿を消してしまい、今なおその消息はわかっていない。
 昼食のあと、バスに揺られてウトウトし、気がついたら車はシルク店の前に停車していて、章くんは一人車中に取り残されていた。「なんぼ金にならん客やいうたかて、起こしてくれてもええやろ」と、『何〜ンにも買わん』と言った割にはぶつぶつとぼやきながら、店内に入っていった。
 店の中は、シルクのシャツ・スカーフ・ハンカチ・生地などが棚に並べられ、何台かのバスから降りてきた観光客が殺到している。面白いもので、遠い土地へ旅に来て、特産品を扱うこのような店へみんなで来ると、客は『何か買わなきゃ』という心理になっている。
 章くんも、メンズ・シャツを手に取った。すかさず店員が「3500バーツです。本物は、表と裏の模様が同じです」などと裏返して見せる。「2500バーツになる?」と言ってしまったところで買わされる羽目になった。「3000バーツまでは私の一存でOKですが、それ以上は社長に聞かないと…」とか言ってカウンターの向こうで何か話している。店員はそのシャツを包装しながら、「OKです」と帰ってきて、翔くんはブルーの縦縞のシャツを買うことになった。
 買ってしまうと、客は満足しようとするものである。「なかなか良いじゃん。今まで、こんなシャッ、なかったし…」などと、自分で自分を納得させるのである。それにしても、何でも食いつく章くん、バスを降りたときに、もう何か買う運命だったのだ。無駄なものを買わないというのなら、バスから降りちゃあダメなんだ。
フォーカス・ジュエリー・カンパニーという名前が見える宝石店

 次にバスが向かったのは、宝石店。タイは、サファイアルビーなどの宝石が豊富に産出され、値段も安いという話である。
 店内に入ると、まず宝石の採掘・加工などの映画を上映する部屋へ入る。モチロン日本語だ。バスの最後尾に座っている章くんは、いつも最後に降りていくので、この店でも映画室に入ったのは一番後だったのだが、そこから出てくるときは最初で、宝石の並ぶ部屋へ一番に入っていくことになった。
 店員さんが、ぴったりと張り付く。No.088のナンちゃんという、かわいい女子店員である。「何か買わなきゃ悪いかな」と、章くんはまたアクティブな気分になってしまう。
 真っ先に入ってきた章くんを上客と思ったのか、ナンちゃんはしきりにサファイァを勧める。「うーん、でもこんな小さいのではものの役に立たないよ。この店の、特上のを見せてよ」と言うと、2階の奥のケースに案内してくれた。「これが私のお勧めです。石の大きさは隣のものの方が大きいですが、色の深さや光の輝きはこちらの方が数段上です」と見せてくれたサファイアは、深い紺色の奥からキラキラとした輝きを発している。
 値段は200万バーツ、日本円にして600万円。「これほど高いものはすぐには買えないけれど、参考までに幾らになるの?」と聞くと、「この品物は私の一存ではお答えできません。支配人を呼んできます」とここでもワンクッション。でも、高価すぎるから、値段が出たから買わなきゃならないということはないとタカをくくって、支配人の到着を待った。
 頭の禿げ上がった小太りの黒服を着た支配人は、「420万円、140万バーツ」と言う。「ぎりぎり…?」とさらに聞くと、「400万円」と言って、かたわらにあった紙に『\1,333,333』とバーツの数値を書く。「これが最終かぁ」とポケットにしまって、ナンちゃんには「お家で相談してくるからね」と伝えてそのケースを離れた。買う気もないのに、ナンちゃんを張り付かせては悪いと思ったのだが、このあとも民芸品や革製品のコーナーを案内して回ってナンちゃんお勧めのコーヒーカップくれた。
 「じゃあ、考えてみるからね」とお決まりの断り文句を並べてナンちゃんと別れ、店の一角にある喫茶コーナーでコーヒーを飲み、残りの時間も少なくなってきたころ、帰りがてら陶器を見ていると、「これはプリント。こちらは絵を描いて焼いたものです」と、ナンちゃん、また現われた。
 僕についたばかりに、売上ゼロじゃないか…。こうなると章くんは、気が気ではない。何か適当なものを買わなきゃ立ち去れないと、ティーポットとカップのセット6500バーツを5200バーツに負けてもらって買ってきた。バスから、降りるんじゃねぇ!

 コーヒーポットを抱えてバスにもどると、ちえさんが「何を買ったの?」と聞いてきた。「コーヒーポットとカップのセット」と答えると、「あら、良いもの買ったわね」と言っている。『30%はその懐に流れ込むな』と思いつつ、「今日、夜、タイ式マッサージに行く人、手を挙げて」とオプショナルツアーの参加者を募っているちえさんに、「ハイ、ハーイ」と真っ先に手を挙げる章くんであった。
 その章くんの耳元に、ちえさんは「そのあと、カラオケ、行く?」とさらに聞いてくる。「カラオケぇ〜」と思ったけれど、明日のツアー脱出を控えている章くんは、「いいよ、行くよ」とアクティブである。
路上で花を売る少年

 ホテルに帰る途中、交差点で花束を売る子ども達を見かけた。10才前後の男の子二人と5才ぐらいの女の子が一人、赤信号で止まった車の窓を叩いて、肩に担いだ花束を売っている。信号が変わると一斉に動き出す車を避けて、急いで中央分離帯に駆け登る。
 冷房バスの窓から見下ろしている章くんとは遠く離れた現実を、彼らは生きているのだろうが、母親なのだろう、分離帯で待つ小太りの女とふた言み言交し合って、こぼれるような笑顔を見せる。その男の子の歯の白さが印象に残った。


 買い物のあとホテルへ帰りシャワーを浴びるなどして一息ついた一行は、午後6時30分、夕食のためにまたお出かけ。今夜は中華料理だ。回転テーブルの上に運ばれてきた、大龍包、肉の煮付け、焼き飯などを、コーラで流し込む。決して不味いわけでなく、むしろ美味しいとみんな言っていたが、章くんには印象が薄い。
 今日では、世界のどこの都市へ行っても中華レストランがあり、それなりに美味しい中華料理を食させてくれる。加えて、このタイは中国系の人々の人口が多く、彼らは華僑として事業に成功したものもたくさんいて、タイ経済に隠然とした勢力を持っている。だからタイの中華料理はそれなりに隆盛なのだが、章くんにはこの旅ののちに巡り会うタイ料理の強烈な思い出に押し流されて、その色があせてしまったのである。
 この夕食の席上、章くんは思い切って、ちえさんに「明日のツアー、タイの友達がゴルフ場を予約してくれているので、パスさせてね」とお願い。「いいですよ、どこのゴルフ場?」「パンヤ・パーク」「ああ、良いところね」とスムーズにパスであった。

マッサージ店にて まず足を洗ってくれる
 夕食の後、タイ式マッサージの店へ案内してくれると言う。8人の希望者が、マイクロバスに乗って店に向かった。
 章くんはここでも1番乗り。真っ先に入って行って、失敗であったことがすぐにわかった。迎えてくれるマッサージ嬢は、ベテランの順に並んでいる。1番乗りの章くんには、50才と70sをはるかに越えていると思われる大ベテランがあたった。
 4つの布団が並べられている部屋に案内されて、Tシャツとトレパンのような衣服に着替えろという。一緒に行ったツアー仲間の吉田さんは、パンツまで脱いでスッポンポンになって替えている。「何か、勘違いしとるのと違うかなぁ?」
 2時間をびっしりと揉んでもらった。ただ、章くんの担当の大ベテランは、30分ほど揉むと5分ほどどこかへ行ってしまう。最初はトイレかなと思ったのだが、頻繁なので「どこ行ったんだ」と叫ぶとと、フルチンの吉田さんを揉んでいる隣の女の子が、手を伸ばして翔くんも一緒に揉んでくれた。
 上に乗って足で踏む場面があり、大ベテランは、章くんを踏みつぶしながら「イタイカ? イタイカ?」と聞く。結構ツボを踏まれて良い気持ちの章くん、「痛くない。重いだけだ」と言うと、隣の女の子は日本語が解るのか、ベテランに通訳しながら二人でケラケラッと笑う。ベテランの足に、グィッと力が入った。翔くんを揉み潰してくれた大ベテラン
 同じ部屋の4人は同時に揉み始めたので、2時間たって「ハイ終了」と終わりも同時だった。いや、待てよ。章くんの大ベテランは途中4・5回どっかへ行っているから、20分ぐらい延長しても良いのではないかと思ったのだが、タイ語で文句は言えない。チップの200バーツを渡して帰ってきた。
 ガイドのちえさんに、マッサージ代3000円を渡しながら、「2時間、これだけ揉んで貰って3000円は安いよなぁ」とみんな感激の弁である。日本ならば、3000円は30分である。


 マッサージの後、ちえさんが用意してくれたオプションツアーはカラオケ店だ。ここで5人がホテルへ帰って、迎えに来た乗用車に乗ったのは、フルチン吉田とその友達の曽我さん、そして章くんの3人であった。
 同乗した2人の話を聞いていて、章くんはハタと気付いた。この「カラオケ」は、日本のカラオケとは違って、「カラオケ店」といういかがわしい店に女の子がいて、客はその店で気に入った女の子を指名して遊ぶのである。
 明日がゴルフの章くんはちょっと困った。敵に後ろを見せるような章くんではないが、明日の朝は7時10分にホテルに迎えが来る。宵っ張りでいつも9時から10時ごろに起きてくる章くんにとっては、朝の7時10分というのは未知の領域なのだ。今夜は、あまり遅くなるわけにはいかない。ましてや、一戦交えて腰がガタガタでは、せっかくのタイでのゴルフに面目が立たない。ゴルフに関することには、妙に節操のある章くんなのだ。
 店に入ると、薄暗い店の奥に窓があって、そのむこうの雛壇に30人ほどの女の子が並んでいる。章くんは、その中の1人の子を指名して、ボックスに呼んだ。名前をサリーちゃんという、ピンクレディのケイちゃんをグーッと若くしたような顔立ちの子である。
 「幾つ?」。「22才」という年を聞いて、ぐらぐら〜ッとした。『おぃおぃ、零れんばかりの名花を前にしていながら、俺は今夜はあのキングサイズのダブルベッドで一人で寝るのかぃ』とおのれの運命を呪ったのだが、しかしゴルフに関してはかたくなに節操を貫く章くんであった。
 ところが、店外に連れ出さないと、その子の稼ぎにならないという。「じゃあ、タイ料理の美味しい店に案内してよ。食事が終わったら、サリーちゃんは帰っていいから」と納得させてトム・ヤン・クン、クン・パオのタイ料理正規料金(?)を支払い、タクシーに乗った。
 サリーちゃんお勧めのお店は、章くんたちが泊まっているウィンザー・スゥイートのすぐ近くにある、レンブラント・ホテル1階の「レッド・ペッパー」。ガイドブックにも、『バンコク随一とも』という評価があったのを見た覚えがある。いよいよ本場の、しかも定評のある店のトム・ヤン・クンが味わえるのだ。さらに、サリーちゃんを通訳にして、開いたえびを炭火で焼いたクン・パオとタイ風焼き飯を頼む。
 トム・ヤン・クンが、冷めないようにコンロに乗せて運ばれてくる。レンゲでスープを一口すすった。コクのある辛味が舌先から口いっぱいに広がる。ふた口、み口、さらに中の具材をすくって口に運ぶ。辛いのだけれど、やめられない美味しさである。
 と、緑色をした1cm四方の野菜の切れ端を噛んだ瞬間、衝撃が口の中に広がった。辛いッ、飛び上がってもなお足らないほど辛い。世界一辛いという青色トウガラシの切り片を食べたのだ。あわててコーラを飲んで、深呼吸をする。
 それを見て、サリーちゃんが笑う。「君たちは、この青色トウガラシは食べないの」と聞くと、「食べる。でも、涙が出る」と言う。涙を流しながら、それでもみんな食べるのだと言っていた。「じゃぁ、食べて見せて」と言ったのだが、サリーちゃんはトム・ヤン・クンに限らず、どの料理にもほとんど箸をつけようとしない。「お腹、空いてないの?」と聞くと、「ダイェット中…」と笑っていた。
 出された料理には手をつけないというのが、彼女たちの世界のしきたりなのだろうか。昔、日本のネオン界にもそのような礼儀作法があったようだが、今は昔のお話となってしまっていて、客より先に、「いただいていいかしらぁ〜」と手を伸ばすのがたくさんいる。
 半分ほどの料理を残してしまったが、勘定をしてもらって店を出た。ドリンクも入れて、1156バーツ、約3500円。やっぱりタイは、驚くほどに安い。
 タクシーを拾った。章くんは途中で降りてホテルへ戻り、サリーちゃんはそのまま家まで乗っていく。チップ1000バーツとタクシー代200バーツを渡して、章くんはホテルの前で降りた。
 「バイバイ」と手を振る彼女の横顔に、幸せ薄そうな痛々しさを覚えたのは、旅の憂いに染まる灯火の色のせいだったろうか。



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