その1・2・3・4・6・7・8
第3日 つづき ジム・トンプソンの店、BTS(通称スカイ・トレイン)、
プレーを終えたのが12時過ぎ。昼食を済ませてコースをあとにしたのが、午後1時を少し回ったころであった。
車は相変わらず猛スピードで、朝来た道をバンコク市内へとって返す。ここで天野さんのケイタイに着信があった。
「はいはい、あぁ○○さん。タイへ来てるの?」
と話し始めた。タイには、運転中はケイタイ禁止などという法律はない。
「えっ、何日? あ、いいですよ。予約しておきます」
と、ゴルフのエントリーの話らしい。話が弾む天野さんの片手運転の車は、相変わらずの140q/時である。

「福岡の人からの電話で、来週の日曜日にタイに来るから、プーケットのブルーキャニオンCCを予約できないかという話なんです。ブルーキャニオンはジョニーウォーカーカップの開催コースで、タイガーウッズやグレッグノーマンが優勝しています。タイ・カントリーと並ぶ、名コースなんです」。
「そのコースを、ゴルフ場へ確認もせずにOK言って、いいんですか」
と聞くと、
「各ゴルフ場とは、日ごろからいろいろと交流がありまして、1組や2組はいつでも大丈夫なんです」。
天野さんは、話し振りの中にも正義感がみなぎっていて、袖の下を持っていくとか、クラブの役員に飲み食いさせるとかいうことはできないタイプである。彼は、クラブの支配人からキャディのみんなに至るまで、ごみを拾うとか雑草を抜き取るとかいうことから始め、メンテナンスの大切さ、マナーの悪い客への注意など、ゴルフ場のクレードアップのために様々な働きかけをしている。
今日のラウンド中にも、天野さんはティグラウンド付近のティペッグの折れたのを毎ホール拾い集めて、キャディに渡していた。その彼を見て、キャディの女の子たちも拾い始めるようになっていく。キレイ事ばかりではないだろうけれど、そのような彼の姿は、クラブの誰からも敬愛されている。
「わたしは、タイのゴルフに恩返しがしたいと思っているんです。この国へ来て、たくさんのよい人に出会い、この仕事をさせてもらっているのですから」
と語る天野さんの口調は、テレやケレン味もなく、情熱的であった。

「このあと、どうされますか?」と言われて、
「全然予定はないのですが、タイのお土産にシルクの店でも見てきたいと思いますので、とこか適当な店はありますか」
と聞くと、
「それならば、ジム・トンプソンの店ですね。繁華街のタニヤにありますから、車を置いて電車で行きましょう。これから5時まで、わたし、ちょっと会社に戻って仕事を片付け、午後5時にBTS(モノレール)のナナ駅のプラットフォームで会いましょう。7時からはまた、人と会う予定がありますが」
ということで、章くんはBTSの切符の買い方から乗り方まで、こと細かに教えてもらい、5時にナナ駅に行くことになった。
「じゃあ、5時までまだ3時間ほどありますから、どこか、マッサージの店へ降ろしてください」と、アソック駅の近くの
タイ式マッサージの店へ案内してもらい、天野さんに「11番の子をお願いします」とマッサージ嬢の指名までしてもらった。

この店は、ガイドのちえさんが3000円で連れて行ってくれた店よりも造りが新しい。「どうぞ」と案内された部屋は、木の床もピカピカに磨かれていて、間仕切りされた個室である。薄暗い部屋の中にロウソクが灯されている、セラピー効果を狙ったものだろうか。
11番さんが現れた。スラリとした長身の25歳、45Kgぐらいの女の子である。昨日の大ベテランとは、30歳、20キロほどの差がある。
天井近くが空いているから、隣の部屋の声がよく聞こえる。欧米人の女の客らしく、最初は英語でナントカカントカ言っていたが、やがて揉み手のリズムに合わせて「アッ」とう「ウッ」とかあえぎ声を出す。痛みをこらえているのだろうとは思うのだが、妙になまめかしい。
2時間びっしりと揉んでもらった。チップ200バーツを渡す。天野さんに「チップは100バーツにしておいてください。後々の相場が狂いますから」と言われているのだが、100バーツは300円というように日本の金額に換算して考えてしまうので、100バーツポッキリでは気が引けてしまうのだ。
フロントへ降りてきて、料金を払う。「400バーツです」と言う。それって1200円ってこと? じゃあ昨日の3000円は1800円が旅行社の儲けだったのか。
まぁ考えてみれば、世の中の仕組みとはそうしたものだろう。初めてタイへ来て、何も判らないものがマッサージ店まで送り込んでもらって、またホテルまで送ってもらう。どこの何という店だったのかも知らない。客は何もしなくても、2時間のマッサージを受けて、2時間少々の後はホテルに戻っているのである。3000円は当然だ。天野さんのように、一切の手数料を取らずに案内してくれるのが、ありがたすぎるのである。

4時30分。教えてもらった
BTS(通称スカイ・トレイン)の最寄り駅
アソックから電車に乗って、待ち合わせの
ナナ駅へ向かう。
BTSは運行する会社 Bangkok mass Transit System の頭文字をとっての呼び名だ。交通渋滞を解消する切り札として、幹線道路の上に高架線を敷設し、市内のメインポイントを結んでいる。車内は冷房が効いていて快適で、ラッシュ時には車で1時間〜1時間半ほどかかるところ

を25分ぐらいで走る。
しかし、このBTS、利用者が少なくて経営は厳しいらしい。原因は10〜40バーツという料金の高さにある。例えば、章くんたちが泊まっているホテルの最寄り駅であるアソック駅から、繁華街の
サラディーン駅までは25バーツなのだが、その同じ路線を3種類のバスが走っている。
窓を閉め切って走るのは冷房完備のデラックスバスで、料金は10バーツ。窓を全開にして走るバスのうち、車体の新しいものは5バーツ。庶民が車体にぶら下がって乗るオン

ボロのバスは3.5バーツである。
それを25バーツなのだから、人々は乗らない。しかし、観光客が訪れる箇所はほとんど網羅しているから、乗り慣れれば観光の足としてはたいへんに便利だ。
駅は2階にある。切符はコインの自動販売機で売っているだけで、出札口のような駅員が座っている窓口は両替所だ。小銭を持たない客は、まず窓口で「40バーツ」とか必要額を告げて両替をしてもらう。コインを持って自動券売

機に行き、必要な区間の切符を買う。
ホームは3階。駅にトイレはない。電車は道路の上を高架で走っているのだから、ビルの谷間を縫うようにして走る。一度乗ってみれば、分かりやすい快適な乗り物であった。
アソック駅から乗り込んだ章くんは、待ち合わせのナナ駅で降りる。実は、ナナはアソックの次の駅だ。ホームにはすでに天野さんが待っていてくれた。3〜6分間隔で運行されている電車は待つほどもなく次が来て、二人はそれに乗り込む。
途中
サラーム駅で乗り換え、20分ほどで目的のサラデーン駅へ着いた。駅前に広がる繁華街の、裏道らしいゴミゴミッとした通りを抜けて、タイ・シルクの総本山
ジム・シンプソンの店に、裏口から入っていった。

「この店にニセモノはありません。また、つけられた価格の通りで、値引きは一切しません」と天野さんの説明である。店内は高級感が漂うが、それほどの品数ではない。章くんは、思い切って最高級のスカーフを買った。誰の土産か?…って。家で風呂敷に使うのだ。
午後6時30分。バンコクの町に夕闇が迫る。暗くなってくると、町のいたるところに屋台が設けられ、たくさんの露店と買い物客でごった返す。
「あの屋台で、何か食べてみたいのですが」
と食指を動かす章くんに、天野さんは
「屋台は衛生管理が万全でないで

すから、日本人は腹をこわします。彼らは、バケツを3つ持ってきていて、客が食べ終わった食器を、まず第1のバケツに漬け、洗剤を入れた2番目のバケツで洗い、最後のバケツですすいで終わりです。近づかないほうが、良いでしょう」
と潔癖症らしい答えである。
このあたりはバンコクのナイトスポット。有名な
タニヤ通りは、店のほとんどが日本人を対象としていて、日本字の看板がズラーッと並ぶ異様な町だ。
夕食まで付き合ってもらおうと思っていたのだが、天野さんが、「7時に人と会いますので」と、ここで別れることになった。「この辺の店は引っ張り込まれますから、気をつけて

ください」と言い残して、人ごみの中へ消えた。
軒並みの日本語の看板を見ながら、タイまで来て日本料理もないもんだと、章くんはさらに
ハッポン通りを目指す。
道の両側にはゴーゴーバーが並び、各店の揃いのコスチュームを着た女の子達が道に繰り出して客の袖を引く。その通りには観光客向けの露店がびっしりと並び、すさまじい賑わいだ。立ち止まったら即座に女の子に取り囲まれて腕を引っ張られるから、歩き回っていなければならない。
道路に1m四方の黄線の四角形が描かれている。聞くところによれば、警察がその場所の権利を屋台に売っているのだとか。その金は警察のフトコロに入る。だからタニヤ警察署の署長は大金持ちで、警察官の目標はタニヤ署長になることなのだという。
タイは利権社会なのだ。社会構造が、権力も富も一点に集約されるようになっている。絶対王政から立憲君主制となって数十年しかたたないタイでは、まだ民主主義や富の分配といった意識は未発達で、専制的封建的な気風や体制が色濃く残っているのだろう。
シャツを売る露店にはバーバリーからフィラ、アディダス、カバン店にはルイ・ビトン、プラダなど、世界のブランドが並んでいる。みんなニセモノ。ちなみにバーバリーのシャッは、言い値が680バーツ、章くんは350バーツでいいよと言って貰ったのだが、いかにもニセモノくさいので買うのをやめた。
「何で買わないんだ」というオネエちゃんに、「ニセモノすぎる」と言うと、「ニセモノだからこの値段じゃないか」と叱られた。そりゃぁあなたの言う通りだと妙に納得して、子供服を2着買った。1着550バーツを2着で600バーツ。子供服といえどもブランドが並んでいたが、2着ともタイの土産らしく象の絵が描いてある上下の服を買った。
道端のホテルに入って、ラウンジでコーヒーとケーキを摘まむ。あたりから聞こえてくるのは、耳慣れた日本語。さらに辺りをブラブラと歩いてから、BTSに揺られて、8時ごろホテルに戻った。
一息つくと、とたんにお腹が減ってきた。さきほど、町を歩いているときはさほどの空腹感もなかったのだが…。実は、

章くん、今夜の夕食も、昨夜行った、ホテルの近くの「
レッド・ペッパー」へ行こうと腹積もりをしていたので、途中、何も食べずに帰ってきたのだ

。
今夜の注文は、トム・ヤン・ホーテー(シーフードのスープ)、ペット・ヤーン(焼いたアヒル)と焼き飯を少し。味については無国籍の章くんには、涙が出るほど美味しい。
青色トウガラシを食べないようにと気をつけながらスープを口に運ぶ。おいしい。白身魚の切り身をパクリと食べたとき、電撃が口の中に走った。魚の身の裏に、青トウガラシがくっついていたのである。コーラをもう一杯、追加注文!
ホテルまでの帰り道を、ブラブラと歩く。人通りの少ない脇道で、「タクシーどう?」とか、いかがわしい写真を手にした男が「どう? どう?」と言い寄ってくるのも面白い。「ノー、サンキュー」と言っているうちは食い下がってしつこく勧めてくるが、「じゃかましい、要らんちゅうたらイランのじゃ」と日本語で断ると、「こいつ、怒ってるな」と思ったのか、それっきりであった。
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