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雑記帳 2012年5月  
新緑の京都嵐山「宝厳院」
 
  思いつき、メモ、ぼやき、他のジャンルに入らないことがら、
 誰かに送ったメールの抜粋 … などを記していきます。
  ほとんど根拠のない、気楽な話の羅列ですから、ご用とお急ぎ
 の方はのぞかないでください(笑)。
     (文中敬称略)


          
 零捌(08)年  壹月 貳月 参月 肆月 伍月 陸月 質月 捌月 玖月 拾月 拾壹月 拾貳月
 零玖(09)年  壹月 貳月 参月 肆月 伍月 陸月 質月 捌月 玖月 拾月 拾壹月 拾貳月
 壱零(10)年  壹月 貳月 参月 肆月 伍月 陸月 質月 捌月 玖月 拾月 拾壹月 拾貳月
 壱壱(11)年  壹月 貳月 参月 肆月 伍月 陸月 質月 捌月 玖月 拾月 拾壹月 拾貳月
 (12)年  壹月 貳月 参月 肆月 伍月 陸月 質月 捌月 玖月 拾月 拾壹月 拾貳月

  
    
5月27日(日) 債務を整理して、人生と事業の再スタートを応援します
          アディーレ法律事務所 とあるんだが…。


 でも、かぐや姫を多重債務者にするなんて、何て発想のCMを作ってるんだ(怒!)。


 かぐや姫は、わが国最古の仮名で書かれた「竹取の翁の物語」に登場する月人の女性であることはよく知られている。この物語には、かぐや姫が竹の中から生まれたという竹中生誕説話(異常出生説話)、かぐやが3ヶ月で大きくなったという急成長説話、かぐや姫の神異によって竹取の翁が富み栄えたという致富長者説話、複数の求婚者へ難題を課していずれも失敗する難題婚説話、帝の求婚を拒否する帝求婚説話、かぐや姫が月へ戻るという昇天説話(羽衣説話)、最後に富士山の地名由来を説き明かす地名起源説話など、物語を構成する非常に多様な要素が含まれている。それにもかかわらず、高い完成度を有していることから物語、または古代小説の最初期作品として評価されている。


 かぐや姫は、夢多き子どもたち憧れの、美形のお姫様である。名だたる貴族の御曹司やときの帝までが、金銀財宝を贈り、その歓心を得ようとした、この世のものとは思えぬ美しい女性(にょしょう)である。だから、サラ金から借金などするわけがない。
 しかも、月からのお迎えの別れに、「お爺さま、お婆さまのこれまでのご愛情をわきまえもしないでお別れしようとすることが、残念でございます。両親に対するお世話を、僅かも致さずに、帰っていく道中も安らかにはなりますまい。…」と泣く心優しい女の子なのだから、「月からは遠いし」なんて抵抗をするなど、夢にも考えられない。
 ましてや1987年には映画化されていて、かぐや姫をかの沢口靖子ちゃんが演じている。靖子姫を多重債務者にするなんて、なんて発想のCMを作っているんだ(怒!)。育ての親の、竹取の造は三船敏郎、田吉女は若尾文子で、お二人にも失礼だろう。


 CMを作り替えろ!


   
5月26日(土) 白山ヴィレッジ クイーン 88


 午後1時09分スタート。理想的なスタート時間です(笑)。
 アウト44、パット17。イン44、パット19。トータル88、パット38。
 理想的なスタートの割には、大不満の結果ではないか。
 パーオンが3ホールのみ。フェアウエイキープは9/14だから、そう悪くはない。ところがグリーンを外したホールが、パー3を含めて15/18もあるのだから、アイアンショットの悪さが際立つ。昔は、アイアンは得意だったのだけれど…、昔の話をしちゃいけないですね。


 課題の2は、やはりアプローチの悪さ。1パットで拾ったのは2ホールだけ。パットの出来もいまいちだったのだが、せめて5割は拾いたいもの。そうすれば、あと5〜6つは縮まる。


 課題が見えた。アイアンを磨き、アプローチの練習を繰り返すこと。


   
5月21日(月) 久しぶりに面白かった国会論戦


 自民党の2番手で質問に立ったのは伊吹文明。伊吹は、京都府の出身、大蔵官僚から45歳のとき自民党の衆議院議員となり9回連続当選、文科大臣・財務大臣・労働大臣・国家公安委員長・防災大臣、そして自民党幹事長(2007/9〜2008/8、福田内閣)を歴任した。
 幹事長時代にはよくテレビにも顔を出したが、抑揚のない喋り方に陰鬱な印象があった。亀井静香〜江藤隆美といった自民党の旧体質を代表する連中が会長を務めてきた「志師の会」(現、伊吹派)の会長であることも、悪印象に輪をかけていた。
 が、今日、国会中継を見ていたら、石原伸晃幹事長が調子がいいだけの上っ滑りな質問を繰り返し、核心に迫る答弁も引き出せずに終わったあと、伊吹文明が質問に立った。第一声に「総理はG8から今朝未明に帰られました。お疲れ様でした。それで、我々は今日の審議を午後から開会することにしました」と始め、「さて、私の愛読書『民主党のマニフェスト』から質問をいたしますが(笑)…」と進む。
 「政権交代は、ローマの崩壊につながったパンとサーカスによるものだった。子ども手当てによって若い層の支持を集めたように、民主党の政策は夢ばかり…。政権担当者の責任として、公共事業はやります、第二東名は造ります、八ン場ダムは進めますとおっしゃったらどうですか。」
 岡田克也には、「鳩山内閣時代の幹事長だったとき、『消費税を上げるときは選挙で問うてから行なう』とおっしゃっていたが…」と発言の記事を示して答弁を求めている。岡田は「良心に恥じることがないかといえば、そこは何とも言えない」と答えたが、それに対して伊吹は「岡田さん、あなたは良心に恥じることはないですよ。あなたは言っていることは間違っていないが、表現力が稚拙だった」と断じて、岡田を苦笑させていた。
 毎日新聞が行ったアンケート、「消費税を上げることを決めることに対して、賛成か、反対か」に、野田首相も岡田克也も「反対」と答えている資料を示し、「あなた方を選んだ千葉や三重の有権者はどう思うのか。私はここで騙(だま)した騙してないと言い合うよりも、次の選挙での国民の判断にゆだねたいと思います」と、次の論点に移っていった。
 武士の情けを知る…、しかし、次の選挙では民主党は政権を失うことは見えていることを見越しての論理である。野田も岡田も、「あなたがたは反対と書きましたでしょう」と追求されれは、苦しい言い訳に徹しなければならない。言い訳が通っても、次の選挙で政権を失うことは目に見えている。彼らは、伊吹に借りを作った国会論戦であった。


 後ろに座っている自民党委員の田村憲久くん、テレビに映っているのに、隣の人とずーっと喋りっぱなし。三重県選出の議員だからね、しっかりお努めしてね。

 
   
5月21日(月) 皆既日食 観測  -スス付きアクリル板で見ました-


 晴れてしまった。昨夜、時間別の予報を確認したら、21日の津市は午前6時から昼過ぎまで晴れるとあった。
 観測用メガネは直前になったら半額になると予測して買っていない章くん(日ごろ将来が見通せると大言壮語しているのに見通しが甘いね(笑))、一昨日からいろんなところを探したけれどみんな売り切れて品切れ…。でも、100年に1回とも、300年、900年ぶりとも騒がれている天体ショ-を見逃すわけにはいかないし、さて…どうするかと思案した。
 必ず専用グラスを使い、サングラスなどでは絶対に見ないでくださいと、テレビは繰り返し注意を流している。子供のころには色下敷きを透かして見ていた覚えがある章くん、コマーシャリズムに煽られている感じはするものの、目を傷めたりしたらそれ見たことかと笑われるかとも思い、寝る前になってからさてどうしたものかと熟慮(?)に入った。
 思いついたのは、ガラス板をロウソクであぶり、ススを通して太陽を観測する方法である。江戸時代なんかはこうやっていたのだというのを、何かの本で読んだ覚えがある。
 でも、ガラス板がない。自宅にガラス板を常備している家なんて、まずないだろう。そこで、透明なコップの底を利用すればどうかと思い、ロウソクで炙ってみた。見る見るススがついて、光を遮断している。でも、悲しいかなコップの底だから平板というわけにいかない。微妙に像がゆがんで見える。金環リングがメビウスの輪になっているというのも、ちょっとどうかなと思った。
 机の下を見たら、アクリル板があった。『これ、ロウソクの火であぶったら溶けてしまうかな』という危惧はあったのだが、トレーシング用の板なので1cm近くの厚みがある。なんとかもつんじゃないかとあぶって見たら、ススがつく程度のあぶりには十分に耐えた。
 もちろん、ススのつきかたには濃淡ができるが、それは見るときに最適な箇所を探して、そこを通して見るのである。


 午前7時、部分日食はすでに始まっていて、あたりの明るさは心なしか輝きがない。西部郊外の広場に着いて、スス越しに太陽を見ると、右側が半分ほど欠けていました。
 眺めていると、どんどん黒い部分が大きくなって、6割…7割…8割…が月の影に覆われていきます。
 7時25分過ぎ、太陽の中に月の影が完全に納まる金環食が完成しました。黒い月の回りに、光り輝く太陽が輝く様子は、まさに幻想的…。自然が描く壮大な宇宙ショーの素晴らしさにしばし酔いしれた。
 コップの底からのぞいた金環食も、それなりの味があって、手作りの観測感があった(苦笑)。
 

 日本で次回、金環日食が観測できるのは16年後の2030年6月の北海道…。生きてるかなぁ(笑)。


   
5月20日( 第2回伊勢市長杯 カラオケ大会
  
 出場者総数100名、うちシルバー部門(70歳以上)25名、一般部門75名の争いが、伊勢文化会館を会場に開催された。去年の第1回目も挑戦したこの大会、そのレベルの高さに舌を巻いた。でも、だからこそ挑戦のし甲斐もあるというもの、今年も懲りずに申し込んだ。
 午前8時30分までに受付を…ということで、7時に家を出た。前夜は多忙で、2〜3時間しか寝ていない。睡眠不測は咽喉の調子に影響する(苦笑)。
 章くんの出番は90番目。午後3時ごろの予定だ。受付を済ませておいて、章くん、明和町のイオンに取って返し、食事をしたり、ベルトを買ったり、コーヒーを飲んだりしていた。
 午後2時、会場へ戻ると、プログラムはまだ56番目。約1時間30分、皆さんの歌を聴きながら過ごした。もとより、他人の歌を聞くのは参考になるし、マナーとしてもそうあるべきなのだが、なにぶんにも睡眠不足なので集中力がない。
 そうこうするうちに、80番台の出番となった。楽屋へ行くと、10人ほどの出待ちの人が並んでいる。章くんは、あまり緊張するほうではないのだが、舞台横に集まっている人たちの緊張が伝わってきて、落ち着かない雰囲気であった。
 「エントリーナンバー90番、はぐれコキリコ」と紹介してもらって、いよいよ章くんの出番である。『立山に 両の手合わせ …』という歌い出しが勝負のこの歌、ちょっと硬くて高音が伸びない。このレベルの高い大会では、一瞬のミスが命取りである。後は無難に歌えたつもりなのだが、表彰の対象である3位までにはとうてい入れなかった。
 去年には、入賞までもう一歩という手応えがあったのだが、今年は程遠いというのが実感だ。歌いだしに勝負をかけねばならない「はぐれコキリコ」を選んだのが間違いか。自信ができるまで歌い込みもせずに、何とかなるさと安易に当日を迎えたのが軽薄だったか。
 歌の世界も奥が深い。どこまで踏み込むべきか。ちょっと、ビビッている。


  
5月18日(金) 皆既日食


 21日の朝、皆既日食が見られる。近畿では282年ぶりのことであり、次回日本で見られるのは300年後とのことである。当日朝の天気予報は曇りとのことだが、稀有なる天体ショーだから広い空の見えるところへ出かけて待機しようと思っている。
 皆既日食は、“宇宙の奇跡”であるらしい。太陽の直径は月の約400倍、地球から太陽までの距離は地球から月までの距離の約400倍…。この絶妙な距離と大きさの関係が、月が太陽の真正面を通る時にダイヤモンドリンクを作り出すのだとか。
 日食が歴史に与えた影響は大きい。子どものころに読んだ「ソロモンの洞窟」に、土人に取り囲まれた主人公が「もうじき太陽が欠ける」と宣言して、彼らを服従させる場面があったように思うが、古代エジプトでは大蛇アペプが太陽神ラーを飲みこむとき日食が起こるといわれていたし、インカ帝国を侵略したスペイン軍も日食を予言して原住民を畏怖させたとか。
 日本の古代史ではアマテラスの天岩屋戸隠れ伝承や、邪馬台国の女王ヒミコの没年が当時の日食の時期に重なっていることから、ヒミコ殺害説なども唱えられている。平安時代には安倍清明の陰陽寮で書かれた『日本紀略』に「如墨色無光、群鳥飛亂、衆星盡見」と記録されている。1183年の源平合戦水島(岡山県倉敷市)の海戦は、都落ちした平氏を木曽義仲の軍勢が攻めた戦いである。戦いの最中に日食が起こったため、義仲軍はびっくりしておっとり刀…。都育ちの平氏は日食のことを知っていたので、逃げ腰の義仲軍を打ち破ったと『源平盛衰記』に記されている。


 実は僕は2月21日に、日にちを間違えて津の海岸へ出かけた。辺りには誰もいないし、午前7時30分を過ぎまで待っていたけれど、太陽は燦々と輝くばかりで欠ける気配もなし。おっかしいなぁと家に帰ってきたけれど、その日のニュースでも『月の軌道が急に変わりました』なんて報道もなし。いろいろ調べて、やっと日にちを間違えていたことに気づいた。
 3ヶ月越しの皆既日食である。なんとか晴れてくれればいいが…。ン、天気が確定するまで待っていようと思って、観測用メガネもまだ買ってなかった。今から、行ってきま-す。


 で、松坂マーム、アピタを回ってきたが、「売り切れです!」と言われた。最悪、どこにもなかったら、ガラスをロウソクの火であぶってススをつけ、自作の観測用メガネを作るぞ。


    
5月16日(水) ギャラクシー Xi その2


 テレビCMなんかを見て、友人は「アップル社の製品だから、ソフトバンクのほうがいいんじゃないか」と言うものもいたが、章くんは断固としてドコモにこだわっている。
 ソフトバンクは中国系企業だから、日本の技術を守り、日本経済に寄与しようと思うのなら、ドコモにするべきだというのがその理由である。
 と、勇んで買ってきたスマホを手にしてじっくりと見てみたら、機体の裏側に『SAMSUNG』(サムスン)と書いてあった。ギョッ、韓国製品じゃないか(苦笑)。


 ソフトバンクの孫正義SF社長は経済人としての力量は評価するが、たとえば「太陽光発電のためのソーラーパネルを、全国の休耕田に設置しよう。そうすれば原発がなくても、日本のエネルギーは大丈夫です」と打ち上げていた。でも、田んぼにソーラーパネルを据えるよりも、米をはじめとする農作物を作ることを考えるほうが、日本にとっては大事なことだろう。そのあたりの感覚が、ちょっと日本に基盤を置いていないような気がする。東日本大震災に100億円の寄付をすると表明していたが、ホントに贈ったのかな?

   
5月15日(火) ギャラクシー Xi


 12日(土)に、ドコモのスマートフォン「GALAXY Xi SC-03D」を買ってきた。時代に後れてはいけないと思い、最新型を買ってきたのだ。
 インターネットも閲覧できるし、地図ナビも可能である。旅先で美味しいお店を検索することもできるし、外国で今どこに居るのかと地図上で確認し、ホテルまでの帰り道を確認することもできる。言葉で問い合わせれば、言葉で答えてくれるという優れものだ。
 ところが、章くん、買ってから3日になるというのに、電話をかけることも、取ることもままならない。昨夜なんて、触っていたら勝手に発信してしまって、午前3時に友人宅の電話を鳴らしてしまった。あわてて切ろうとしたのだが、今度は切り方がわからない。あれこれ触りまくって、切るまでに、10回ほどもジリリリーンと呼んでしまった。
 すでに、ドコモショップへ2回行って、使い方について質問している。ガイドブックも2冊買ってきた。しかしまだ、手足となったという親近感はない。
 昨夜、ナビ機能を確かめてみようと思い、「名古屋駅」を目的地とする道案内を入力したら、何とかうまくセットできた。よしよしと画面を消して寝たところ、今日、車に乗ったら、ポケットの中で「300m先、左です」と喋っている。終了させたつもりでいたけれど、画面は黒くなった(スリープモードになった)だけで、アプリケーションは動いていたのだ。ちょっと画面に指が触れるとすぐに動き出すから、うっかり有料サイトなんかを起動してそのまま寝てしまったら、ケイタイ代月額40万円なんてニュースを笑っていられなくなる。おちおち寝ていられない、恐ろしい機械を買ってしまったものだ。


    
5月12日(土) 学童の交通事故を防ぐには


 通学途中の子供たちが巻き込まれる交通事故が続発している。加害者は無免許の少年であったり、出勤途上の会社員であったりするが、事故に遭わないのは幸運…という現在の状況では、悲劇は繰り返されるしかない。
 車が増え続けてきたこの50年間、章くんたちが学校へ通っていたころと、通学路の様相はさほど変わっていない。交通量は大きく増大しているのに、歩道部分はところどころにガードレールが設置されたり、歩道が拡充されたりしているが、多くの箇所では昔ながらに走り抜ける車の脇を子供たちが歩いていく。これでは、命は運任せ…ということにほかならない。
 ホントに通学路の安全を守ろうというのならば、車の通らない通学路を作るか、子供たちの登下校時間の通学路は車通行禁止とすることだろう。
 幹線路の渋滞を避ける車が子供たちの通学路になっている脇道に入り込み、悲惨な事故を起こしている。朝夕の登下校時には脇道(通学路)への進入禁止とすれば、幹線道路の渋滞は少々増えるかもしれないが、30分早く出発すれば済むことである。
 ホントに歩行者Vs車の事故を無くそうとするのならば、人と車の通る道を分けることだ。現状、安全は運任せ…。警察は国民の生命・財産は守ってくれないから、自分で守らなくてはならない。歩車道分離が完成するまで、せいぜい運を磨くことだ(苦笑)。
 

 それと、子供たちの(歩行者の)安全を守るためには、道路交通法において歩行者にも応分の責任を負わせるべきであろう。車を待たせておいてお喋りしながら悠々と横断歩道を歩いていく女子中学生、バックし始めた車の後ろを平気で横切る子ども連れのママ、…、車が避けていくのが当然という素振りである。
 自転車の走行ぶりも問題だ。道交法では車道の脇を走るようにと規定されている(原則的には歩道の走行は禁止)とのことで、車の側から見れば危険極まりない。歩道を走るのも、歩行者には迷惑な話だろうし、やはり自転車道の完成を強く求めたいが、それまでは応分の責任を持って安全な自転車の乗り方を実践するしかない。
 歩行者にも自転車にも、それぞれに責任を求め、自覚を促していくことも、交通事故を減らす大きな要因となるだろう。車には近づくな、横断歩道は急いで渡れ、危険な道路は避けろ、…と教えることも、歩行者が自ら事故の危険を避けようとする意識につながると思うのだが…。



5月10日(木) またまた、捕まったぁ!


 ン、電柱の陰に警官の姿! 暫く行くと、『止まれ』の旗を持った警官が飛び出してきた。「シートベルトをしてもらっていませんので…」と言う。
 「まだ、シートベルトなんかで取締りをしているのか? 僕はシートベルトを締める習慣がないので、年に2回ほど捕まるけれど、締めていなくても、誰にも迷惑をかけないじゃないか」と章くん。
 「死亡事故の6割は、シートベルトを締めていれば助かっているという統計もありますので」と警官くん。
 「自分の命は自分で守るよ。シートベルトを締めていない人を取り締まるということは、命は警察が守ってくれるということか?」と聞くと、警官くん、黙ってしまった。
 警官くんも仕事でしているのだから、それ以上追い込むのは止めにして、章くん、「はい、ご苦労さん」と違反切符に拇印を押してきた。


 それにしても、シートベルトを締めていないと違反だというのは、どうしても納得できないなぁ。締めていないと誰かに迷惑をかけるということもないし、死亡率が上がったとしても、だから警察庁長官が引責辞任したという話も聞かない。その警察が、何で取締りを行い、違反者を検挙するのは、法律があるから…、悪法でも法は法だから…ということなのだろう。
 2千3百余年の昔に書かれた『クリトン』中で、「アテナの法に不満があるならいつでも国外へ出ていって構わないと、アテナの法自体が認めていた」にもかかわらず、あえて国内に留まり続けたのだから、それはつまり「法が自分に都合の良い時だけはそれを享受し、都合が悪くなったら無視するということであり、それは不正義かつ不名誉なことである」として、ソクラテスは無実の罪による判決を受け入れたとある。
 章くんは、「天網恢恢疎にして洩らさず」派だから、些事は見過ごし巨悪は断裁すべきと思うのだが、ソクラテスの清説に接して不服を言うことは恐れ多い。
 これからも、シートベルトはせずに、取り締まりにあったら粛々と拇印を押すことにしよう。

     
5月8日(火) 何て名前の花だっけ?


 僕の机の上に、一鉢の花がやってきた。買い物の道すがら、花屋の棚に並んでいたのを買い求めたものだ。780円が290円…、ちょっと元気をなくしていたし、葉の縁が枯れはじめていたのが、安くなっていた理由だったのだろう。
 章くん、買ったときは、葉の縁の変色には気づかなかった。それで「めっちゃ安いやないか」と値段につられて買ったのだが、ちょっと元気がないのを見て、栄養剤を注入し、葉の縁の枯れ始めている部分はハサミで刈り取った。
 一日もすると元気を取り戻し、今は机の上であでやかな花を咲かせている。つぼみのひとつが、新たに開いた。
    
  
  
5月7日(月) 小沢一郎の党員資格停止 解除


 何が何でも、小沢一郎の党員資格停止 解除。国民は決して納得していない無罪判決なのに、民主党はなぜこんな失策を急ごうとするのだろうか。
 殿の意向を汲んでの、輿石 東、山岡賢治ら側近とチルドレン…の動きなのだろうが、これらが民主党のガンだね!
 谷 亮子なんて、使い捨てのピエロを演じさせられてボロボロ…。柔道をやっていたときの輝きは失われてしまった。日本の宝だった彼女を、ここまで貶めるか!
 こういった連中を排除し、民主党は再編して出直すべき。 彼らは、政治家じゃないもの。


5月5日(土) 白山ヴィレッジ 青ティ 41・41

 
 快晴、やや風のこどもの日、白山ヴィレッジ 午後0時46分のスタートです。ゴルフシーズンも始まったので、章くん、これからは青ティから打つことにしました。


10 11 12 13 14 15 16 17 18 IN OUT Total
377 344 151 362 509 416 167 339 519 3184 366 492 356 148 328 558 383 186 350 3167  6351
36 36 72
41 41 82
18 15  33
  
 インスタートで、10番はアプローチをトップして、いきなり3オン3パットのダボ! それでも、その後は3ボギーと粘って、インは41。 そのままアウトへターンして、1番2番をボギーとするも、4番5番と連続バーディで、5番終了時にはイーブンパー。ところが、このところ忙しかったし、昨夜は4時間ほどしか寝ていないので疲れが出たのか(と、言い訳…)、これから上がりホールという6番をボギー、7・8番を連続ダボとして、結局はアウト41、トータル82となってしまいました。
 後半の3ホールで5オーバーは、大いに反省しなくてはなりませんね。


   
5月2日(水) 小沢一郎民主党元代表 無罪


 4月26日、小沢一郎民主党元代表の政治資金規正法違反裁判(陸山会事件)の判決があった。予想通りの無罪であった。予想通りとは、当初、検察が控訴を諦めたことを見ても判るように、検察の失策もあって、裁判を維持するだけの訴因材料が乏しいことを理由に、章くん、「判決は無罪でしょう」と言ってきたからだ。検察調書のほとんどを証拠採用しなかった裁判所が、とても有罪を申し渡すとは考えられなかった。
 むしろ、4億円の購入資金に疑義を呈し、政治資金報告書への虚偽記載については知らなかったわけはないと、踏み込んだ判断をしたのは意外であった。知らなかったわけではないが、訴因の共同謀議はなかったから法律的判断としては無罪だという、ほとんど有罪と認めた判決であった。
 

 小沢一郎の本当の判決は、これからの彼に下される国民の判定だろう。だとすれば、国民の9割は、これまでの日本のダーティな政治を体現してきた小沢一郎に、これ以上の期待をかけることはない。彼の主導の元に成し遂げられた、細川政権の誕生も、民主党による政権交代も、政治権力の奪取が目的であって、日本のその後に何の改革ももたらさなかった。
 もはや、小沢一郎が民主党代表に返り咲くことは許されないだろうし、新党を率いて選挙に勝利することも望めない。すなわち、時代は彼を捨てたのである。
 小沢チルドレンは小沢なくして選挙は戦えないと復権を切望するが、自ら転進を図らなければ、自らの存在もうかたと消え去ってしまう。今、新たな国家観を構築し、米中の狭間に独立国としての責務をなそうという日本にとって、「無罪、小沢」の存在意味はどこにもない。


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