ハワイ         10   世界ゴルフ紀行トップへ

マウナケア3番210ヤードP3  グリーンからティをパチリ!
   ハワイ島5日間 4ラウンド
   オアフ島3日間 3ラウンド


  ハワイ島 マウナ・ケアCC 3番261Y →
   世界の誰もが憧れる 太平洋越えのパー3。
   正面に見えているのはバックティ(青)、チャ
   ンピオンティは、その向こうの松林の中だ。


も く じ

   プロローグ  参加者・日程・予算・腰痛
   名古屋空港  ホノルル空港  
(ハワイ島へ)  コナ空港
    ハプナGC(トワイライト)        キングカメハメハ・ホテル
 
  コナCC      カイルア・コナ
   マウナ・ケアGC  ハワイ島一周ドライブ  居酒屋 櫂
   マウナ・ラニGC ノース         寿司 しおの
   
ヘリコプターツアー ( キラウエア火山 ヒロの町 ワイピオ渓谷 
    200号線サドル・ロード(マウナケァ山5合目) レストラン・ハゴス
   
(マウイ島へ)  ワイキキピーチ       アロハサーフ・ホテル
    オーシャンテラス・バイキング   インターナショナル・マーケット

   タートル・ペイGR       レストラン「ロブスター&クラブ
 
  
マカハ・バレーGC  ヌアヌ・パリ展望台  シェラトン・ウイング
 
10  パール・ハーバー   
ホノルル空港   中部国際空港(セントレア)



プロローグ 


 世界ゴルフ紀行の筆者としては、今回の「ハワイ・ゴルフ10日間」は、誠に慙愧に耐えない旅行をしてしまったと深く恥じ入る次第である。
 名古屋のすぐ向こうにあるに過ぎないハワイでの8泊10日のゴルフ旅行に、一人当たり49万円もの費用を要したからである。今までのゴルフ紀行中の最高額…、いつもの連中に言わせれば、「お前、世界一周してきたンか」と言うことだろう。


先輩 岩崎滋子さん
 計画の段階から、今回の話はちょっとややこしかった。章くんは当初はタイへぶらりと行くつもりで、ゴルフ友だちの滋子さんに「2月はタイのゴルフがいいですよ。寒い日本を脱出して、半袖のゴルフですからねぇ。費用も1週間で10万円、2週間でも15万円ぐらいのものでしょう」と話をしていたら、「メンバーの空きがあったら、私も…」ということになった。
 滋子さんの姓は岩崎。お菓子の卸問屋を営む岩崎の家へ嫁がれて以来、ご夫婦で会社を経営して来られたのだが、15年前にご主人がガンで早世され、その後は女手ひとつで10数人の従業員を束ねて会社を守ってこられた。3年ほど前に息子さんに社長の職を譲って、60ン才になられた今は会長。ご主人が元気だった頃、一緒に習い覚えたというゴルフを、週に2〜3回ほどラウンドして健康維持を図っておられる。
 ハンディは23。いつもにこやかに、淡々とゴルフをされる滋子さんであるが、ゴルフに対する姿勢は確たるものを持ってみえて、「平気でボールに触ったり、打ちやすいところに出して下さいなどと言う人は、納得できない」と言う。ゴルフの原点を持ってみえるなと、章くんは秘かな尊敬を抱いてきた。


ピュアなヤスヱ
 タイへ行こう…というこの企画は、章くんの高校時代の同級生である奥田俊彦と山本ヤスヱにも声を掛けたのだが、奥田はおじさんが亡くなって参加を断念。ヤスヱは「タイへ私は行ったことがあるし、先日の津波で治安や衛生に不安がある。ハワイには行ったことがないので、ハワイならば行く」と言う。
 ヤスヱは、市内の内科医院のかみさん。ご主人の山本俊夫先生は社会的にも家庭的にも出来過ぎた人で、時間外診療やボランティア活動などを率先して引き受け、患者や近隣の人たちの尊敬を受けている。家では極めて温厚…、ヤスヱの仕切りに全く異議を挟むことなく35年に及ぶ家庭生活を過ごしてきた。
 だからヤスヱは、夫君に向けられる世間の敬愛を自分へのものと勘違いしつつ、何ら世の中にはばかることなく生きている。そんなヤスヱを、「やかましい女でしょう」と言いながら、このご主人は暖かく守り見つめてきた。章くんに言わせると、「ヤスヱのわがままは、優し過ぎるご主人にも責任がある」ということになる。
 章くんはヤスヱと高校3年生のときに同じクラスだったが、卒業からあと20年ほどは音信不通。同級生のゴルフコンペの世話をしてきたので、ヤスヱがゴルフを始めた頃から、また顔を合わせることになった。
 ざっくばらん(過ぎる)な章くんは、他の同級生が眉をひそめながら口には出さない、ヤスヱのわがままに対して、容赦はない。例えば、同級生でゴルフをしているときなど、OBを打ったヤスヱは同伴の奥田俊彦たちに、「あのボール、拾っておいて」などと平気で言う。気の良い奥田たちは「OK」と白杭の向こうのラフを掻き分け、ヤスヱのボールを探し出してくる。同級生の間のゴルフだから、他の誰もそれをオカシイと言うものもいないのだけれど、章くんは見過ごせない。「自分で拾いに行け」と、本人に向かって外連味(けれんみ)なく言う。だからヤスヱは、「章くんは、私に対して特にひどい物の言い方をする」と被害意識が強い。それでも、同窓会のことなど何かにつけて連絡を取り合うのは、ヤスヱが言う通り『腐れ縁』というものだろうか。
 滋子さんはヤスヱと同じ安濃津CCの会員で、しかもヤスヱと家が近所。ゴルフに限らず、日常生活の多くの面でヤスヱとのかかわりが多い。だからヤスヱが「ハワイならば行く。タイは行かない」と言えば、「やっぱりタイは津波だから今回は見合わせて、ハワイへ行きましょう」と配慮を見せる。章くんとしては、すでにタイ行きの計画を具体化していて、タイ在住の知り合いとも連絡を取っていたところだから、「今さらハワイなんて」と思ったのだが、ここで章くんが「絶対にタイへ行く」と頑張ったら、滋子さんの立場は苦しい。それを考えると、「ハワイ行きにすれば、丸く収まるか」と、計画書を書き直すことにしたのであった。


日  程
 日程などを打ち合わせるために、1月15日に第1回の会合を持った。この打ち合わせ会に、章くんはインターネットで探した中の一番安いフリーツアー、『2月 ハワイ島/オアフ島6日間 145000円』を用意していったところ、ヤスヱが「一人部屋でなくてはイヤだ」と言い出した。宿なんて寝られればいいと思っている章くんは、「何でや? イビキか、寝言か、夜中に首が伸びて、油でも舐めるのか?」と揶揄したのだが、「女は化粧するにもスペースが要るし、それでなくても旅先では寝られないのに、他人と一緒ではなおさら寝られない」と言う。その当人、ハワイ初日に寝過ごして、午前6時「食事に行くぞ」と掛けた章くんのコールに、「寝てたァ。今、起きたァ」。
 こう書くと、ヤスヱはどうしようもないわがままな女で、なぜこんなのと一緒に行くのだと思われそうだが、ヤスヱはとても純粋な心の持ち主だし、自分自身では人に気遣いをして、他人に好かれようと努力していると、真剣にそう思っているのである。ヤスヱの気遣いは独りよがりに過ぎるけれども、章くんには、ヤスヱが自分なりに心から相手のことを思っていることが判るので、「表現の方法が他人と違っているだけで、ホントは優しくて、可愛いところもあるンだ」とポジティブに評価しているが、2時間も一緒に居ると、精神衛生上、困ったことになる。
 だから、1時間59分で切り上げたこの打ち合わせ会で、日程は2月8日から17日までの10日間。ゴルフはハワイ島6日間のうち4回、オアフ島4日間のうち2回、その中で何回かは2ラウンドもあること。ホテルはフリーツアーにあるホテルを利用して一人一部屋に取り直し、延長分は延泊の申し込みをするということが決まった。


予  算
 ツアー会社「ファースト・ワイズ」の松本君に、「ハワイ島での4日間の延泊、一人部屋希望」を伝えると、「延泊4日は21000円、一人部屋追加は8泊分で69000円の追加。合計お一人様あたり23万5000円となります」と言う。『どうせ素人のおばさんを連れて行くのだから、金は幾らかかっても構わん』とヤケクソ気味の章くんは、即座にOK!
 次は、ゴルフ場の予約である。「地球の歩き方」のゴルフのページで調べてみると、マウナ・ラニGC185ドル、マウナ・ケアGC195ドル、ワイコロアGC175ドルなど、世界のリゾートだからだろうか、ラスベガスも高いと思ったけれども、それに勝るとも劣らずにハワイのゴルフ場のプレーフィは高い。平均18000円として、1日2ラウンドを2回こなす予定だから、計8ラウンドで144000円となる。
 ところが、インターネットでアメリカのTee Time.comなどを開いてみると、例えば、マウナ・ケアは169ドルと載っている。ハプナGCのトワイライト(遅いスタート割引)なんか105ドルだ。そこで、アメリカへメールをしたり、ファックスを送ったりして予約した結果、8ラウンドで1185ドル(≒約12万円)で済むことになった。メールの返事が来なかったり、ちょっとトラブッたりしたけれども…。
 食事や行動経費は、いつもの旅行では1日7000円と見積もるのだが、今回は素人のおばさんのハワイだから1日10000円を計上して合計80000円。それに、空港往復や写真代などの日本経費が10000円で、合計44万5000円の予算が組みあがった。
(レンタカーは、今回のツアーには付いている。結果的には、おばさんのツアーだから、デラックスカーに替えろと言って、10000円程度の追加金を取られることになる。さらに、現地で申し込んだヘリコプターツアーの追加金35000円と合わせて、総額49万円になるのだが…(いずれも一人当たりの金額である)。)


腰  痛
 大方の計画が出来上がった、出発1週間前の夜、章くん、味噌汁がこぼれそうになったので、左手に持ったお椀の角度を変えようと、クッと体勢を入れ替えたら、腰がグキッといった。その夜、寝ていれば良くなるかと思いきや、段々と痛くなってくるではないか。
 早速、次の日に整形外科の佐藤先生のところへ走っていったところ、寝返りもできない章くんにさまざまなポーズをさせてレントゲンを4枚撮り、そのフィルムを見ながら、「骨には異常はありませんね。塗り薬と痛め止めを出しておきますから、様子を見てまた来てください」と言う。「先生、僕は写真撮りに来たンと違うんですよ。8日に外国へ行かんならんから、それまでに治して欲しいんですよ」と訴えると、先生、「まぁ、治療法としてはその程度なんですよ。まだ1週間ありますから」と、痛みは他人事のように言う。
 翌日から、章くんは、午前中は近くの榊原温泉へ行って腰を温め、午後は佐藤整形へ通って治療を施してもう毎日を繰り返した。その甲斐あってか、出発2日前の6日には痛みが軽くなり、前日の7日には寝返りを打ったりズボンを履いたりの日常生活には差支えがなくなった。
 腰をかばって、荷物は宅急便で空港まで送ってある。最初は、キャディバッグなどの大きな荷物が多いから、空港までは車で行こうと思っていたのだが、8日の出発は名古屋空港からだけれども、帰ってくる17日は中部国際空港(セントレア)の開港日で、すべての便はそちらへ降りる。行きと帰りの場所が違うから、車で行って預けておくという訳にはいかない。そこで荷物は送ったのだが、それにしても開港初日のセントレアへ帰ってくるとは…、誰もが何もかも初めてなのだから、章くんたちが乗る飛行機のパイロットも初めての着陸だ。「大丈夫だろうか…」と章くんがガラにもない心配をすると、それを聞いた誰かが「思い残すこともないくせに」とヒドイことを言っていた。
 

 腰痛の余韻で、ここのところ10日以上、練習を含めてゴルフのスウィングは1度も行なっていない。ぶっつけ本番の、ハワイでのラウンドである。



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その1
ハワイ・ゴルフ紀行
2005年2月 8日(火)〜17日(木) 9泊10日