第9日  20日(月)  バンコク市内散策  - 素晴らしい旧国会議事堂 -


 章くん、今日はゴルフをやめてバンコクを歩き、タイの人たちの素外は激しい雨顔に触れてみようと思っている。
 ところが朝、外を見ると雨…。4月頃からのタイは雨季に入って、毎日のようにスコールに見舞われるというが、この時期にこのように激しい雨が長時間降るのは珍しい。
 休憩にちょうどいいと、10時までベッドの中。洗濯もしなきゃということで、ホテルでゆっくりと過ごした。
 お昼過ぎ、ようやく雨も小降りになった。昼食も取らなくてはならないし、出かけることにしよう。
4階レストラン 目の前で調理してくれる

← ショッピングセンターの4階で平めんうどんを
 食べた。

街角裁縫師

  街角でミシンを踏む
     裁縫師(?)→
   この人たちの腕は
  確かなものだという



 食事のあと、水上ボートでチャオプラヤ川をさかのぼり、タイを動かす政治の中心地「ドゥシット地区」を歩いてみようと思った章くん、いつもの「サートーン桟橋」から、高速船チャオプラヤ・エクスプレスに乗った。
 
 水上ボートにも慣れて、章くん、船からの風景の中に、いろいろなものが見えるようになってきた。大きな現代建築のホテルのすぐ横には、羽目板1枚の下は水面である人々の生活が浮かんで船窓からの風景いる。
【拡大】 チャオプラヤ川にはバンコク中の生活排水が流れ込み、川の汚染ははなはだしい。その他の中小河川も、ゴミが浮き、汚れが目立つ。
川の上に立つ住宅
支柱は朽ち 屋根は落ちている
環境問題は、タイが社会基盤の整備を進めるには、まず第一に取り組まねばならない課題のひとつであろう。【拡大】


 船は、先日の夜に章くんが当てもなく下船した「ロット・ファィ桟橋」を越え、プラ・ビンクラオ橋をくぐった。もう一本上流に架かるクルントン橋の手前の「テウエス桟橋」まで行くつもりだ。
 と、プラ・ビンクラオ橋をくぐったところで、この船はUターンを始めたではないか。橋のたもとにある「プラ・アテット桟橋」が終点で、下流へ引き返すのだ。章くん、不本意ながらここで下船。まだまだ、チャオプラヤ川の水上バスを乗りこなすまでには至っていない。
クルントン橋とロイヤル・リバー・ホテル

 ここから、章くんが目指すドゥシット地区までは、およそ4Kmほど。結果的に考えれば、ブラブラ歩く途中で、いろいろなものを見ることができ、手前で下船したことも悪くはなかったのだが…。


【拡大】 クルントン橋と
    ロイヤル・リバー・ホテル


                                        
プラ・スメン砦

    チャオプラヤ川に面する守り「プラ・スメン砦」→


 しばらく行くと、道路沿いに小さな寺があった。案内書にも載っていない小さな寺だ。入っていくと、境内は花であふれている。

  
街中の小寺にて 【拡大】 
街中の小さな寺、境内は花にあふれていた。 どこにでも 犬とネコがいる ネコと遊ぶ女の子

















 この女の子、足首に鈴をつけている


 2〜3才の女の子がいた。本堂へ入っていって、お父さんに担がれて引き戻されて来たり、ネコやイヌたちと話しながら遊んでいる。
 章くんが座っているベンチへやって来て、カメラをいじって見ている。章くんが、「写真とろうか」と声を掛けると、初めて聴く異国の言葉に不思議そうな顔をした。
 この女の子、両足の足首に、鈴をつけている。チリンチリンとその音(ね)を響かせながら、おばあさんのところへ帰っていった。




 左手に、大きな寺が見えてきた。40mの高さがある大仏像がおわす「ワット・インドラヴィハーン」だ。この仏像は、背後に階段があって、顔の部分40mの大大仏にあたるところまで登ることができるらしいのだが、その階段への扉が閉まっている。
 若い僧に、「キャン アイ クライム …」と言いながら、閉まっている扉を指差すと、「タイムアップ」とか言って、横の看板を指差している。『 … 16:30』と書いてあった。もう、午後5時近くなのだ

ご本尊 釈迦三尊像

【拡大】
 大仏立像
 顔のところまで上れるのだが、今日は時間切れ


  本堂の御仏 →

    





 大仏とご本尊に拝礼ののち、章くんはさらに、テウエス市場を抜けて、現国王ラーマ9世がご家族とともに住まわれている「チャトラダー宮殿」や、国会議事堂のある、ドゥシット公園を目指した。
 

     この女の子、中学生だろうか。
      彼女が行く道に座っている 物もらいの人たち
      全員に、財布の中から小銭を出して 喜捨して
      いった。
                →

            
ラーマ5世騎馬像
【拡大】 やがて行く手に大きな緑地が見えてきた。その入口に、ラーマ5世の騎馬像が建っている。今も、タイの近代化に貢献したこの名君を敬愛する人は多く、今日も10才ぐらいの女の子が花を供えていた。
 公園内にはラーマ5世が実際に生活しておられた「ウィマンメーク宮殿」があって、一般公開されているが、入館は16:00まで。

 その横に、1932年から国会議事堂としてタイの国政とともに歩んできた「旧国会議事堂」がある。イタリア産大理石で外壁を飾ってあり、1915年の完成以来、迎賓館として使われても来た、堂々たる宮殿である。
ロマンティクで堂々たる 旧国会議事堂

      旧 国会議事堂 【拡大】


 近くに、新しい国会議事堂があった。モダンで瀟洒な建物だが、この建物の存在感とは比較にならない。言ってみれば、新帝国ホテルが、明治村にある旧館の風格の足元にも及ばないのと同じことなのだろう。
ドゥシット動物園の入口




 ←【拡大】 これは 何のモニュメントかわかりますか。
    そう、「ドゥシット動物園」の入口です


国会議事堂前の路上生活者の人たちのテント
シャワーの時間









    新国会議事堂の前の公園の歩道上に、
     路上生活者の大テント村があった。 →


        
    午後6時になろうかとしているこの時刻、
     公園の水場の周りに人々が集まり、
     入浴中であった。         →



 ドゥシット公園の北の大通り「ラーチャーウイテイ通り」を東へ歩いた。ラーマ9世現国王のお住まいの北側の通りをケーキ屋さん歩いているわけだ。
 5分…10分…、歩いても歩いても、国王のお住まいは途絶えない。幾つかのバス停を通り越して歩いていたので、途中でバスに乗ろうかとも思ったのだが、路線がわからなかったので、どこへ連れて行かれるか分らない。


← 歩き疲れて章くん、ケーキ屋さんに入った。

どこからでも入れる タイ鉄道 「サムセン駅」 
 ケーキとコーラで腹を満たした章くん、タイ鉄道「サムセン駅」を目指して、再び歩き出した。地図ではあと3Km、正面の信号を左へ曲がれば、線路が見えるはずだ。
 信号を左折、車が渋滞している。列車がやってくるところで、遮断機が下りているのだ。
 線路沿いに北へ10分、駅が見えてきた。見覚えがある。先日、インチキトクトクに乗って横を走った駅だ。
 この駅は、タイ鉄道各線の始発駅「ファラボーン」の次の駅。わざわざここまで歩いてきて、ファラボーンまで汽車に乗ることもないのだが、章くん、とにかく一度、タイの鉄道に乗ってみたかったのである。1番ホーム 北行き線だ
 出札窓口で「ファラボーン」と言って、幾らか分らなかったので1000バーツ札を出した。駅員、「ファラボーン?、ファラボーン?」と2回聞き直し、「イエス」と答えると、笑って「10Bt」と言う。章くん、ポケットの小銭を出して差し出すと、その中の1枚を取って、大きな…飛行機の搭乗券のような切符をくれた。身振りで、線路を渡って向こうのホームへ行けと言っている。「セカンド・ホーム」と念を押してくれた。             
 改札口も何もないので、章くん、ビックリした。駅の構内へは、どこからでも入れるし、出て行くことも自由だ。乗車券のチェックは、車内検札だけということなのだろう。
 ホームのベンチには、遠くまで行くのだろうか、大きな荷物を傍らに置いた家族連れや、カバンを枕にして眠り込構内のレストランんでいるおばさんが、列車を待っている。


← ホームの中ほどに、レストランが開業していた。改札もないのだから、乗客だけでなく、外からの客も利用していて、食べ終わったら帰っていく。人が集まってきた 1番線






 間もなく、列車が来るのだろう。プラットホームに、勤め帰りの人々や下校途中の学生たちが集まり始めた。 →


1番線に列車が入ってきました。



【拡大】
 1番線に、北行きの列車が入ってきた。チェンマイまではおよそ750Km、12時間の旅である。
 12両編成、いろいろな色や形の車両がつなぎあわされている。どの車両もずいぶん古い。



 ホームの壁に、手書きの時刻表が掛かっていた。6本ぐらいの、行く先と時刻が書いてある(多分、タイ語だから正確なことは解らない)。でも、この駅はバンコク駅(ファラボーン駅)のひとつ手前だから、ファラボーンへ入る全ての列車はこの駅を通る。とすれば、北線・東北線・東線・南線の全ての列車が通るわけだから、少なくとも1日に20〜30本の列車は通るはずだ。しかも、ここ「サムセン駅」は特急停車駅なのである。臨時列車の案内だろうか。
 ホームには、15人ほどの客がベンチに腰掛けていた。ということは、いつかは列車が来るのだろうと、章くんもタイ式思考法に慣れてきて、ベンチで本を広げた。
 20分ほどすると、轟音とともに列車が滑り込んできた。2〜3時間待たされても文句は言わないぞと覚悟していたの座席はセパレーツでリクライニング。でも、めっちゃ古いよ。に、意外に早いじゃないか。
 章くん、目の前に停まった昇降口から乗り込むと、その車両には7〜8名の客が居て、席はリクライニングのセパレーツシートだ。
 あとで考えてみると、その車両は特別料金の車両だったのだろうと思う。降りるときに隣の車両をのぞいたら、垂直の背もたれのボックスシートだったから、あれが普通の車両なのだろう。

 「サムセン駅」から「ファラボーン駅」までは、せいぜい6Kmぐらい。ところが、汽車で20分ほどもかかる。
 そもそも、バンコク〜チェンマイ間の750Kmが12時間と聞いて、かかりすぎじゃないか…どんな走りをしてるんだと思ったのだが、この「サムセン駅」から「ファラボーン駅」までも、走っては停まり…停まっては走る…ノロノロ振り。そうか、走っているよりも停まっている時間のほうが長いんだと納得した。
 車窓から見る街の景色は暗い。日が暮れたから暗いというわけでなく、ネオンやライトの数が西欧諸国と比べて少ない…、夜が暗いのだ。その暗さの中にも、線路脇に屋台が並んでい列車はファラボーン駅へ入ってきました。る。
【拡大】 やがて、列車は「ファラボーン駅」へ到着した。ここまでの風景の暗さから一転して、この駅のきらびやかなことはどうだ。構内は、赤や青の光で満ち溢れている。列車から降りた人の荷物を持ち、再会を喜ぶ人たち
 国際線の始発最終駅らしく、ホームでは人々の出会いと別れが繰り返されていた。



  家族なのだろうか、列車から降りた降りた人の
  荷物を持ち、再会を喜ぶ人たち       →



          大きな荷物を、窓から降ろしている →
   


 驚くべきことだが「ファラボーン駅」にも、改札口はない。シンガポールからタダ乗りしてくるのも、さほど難しいことではないのではないか…。
 
大理石の床に寝転んで、出発を待つ旅行者
↑ 床に寝転がって、出発を
 待つ旅行客
  【拡大】
広い構内は、発車を待つ人たちの人波でごった返していた。エアコンの効いた待合所では、ずらりと並んだ椅子席からあふれた人たちが、大理石の床に座り込んだり寝そべったりしながら、出発時刻の来るのを待っている。この駅は、日本でいえば「ああ上野駅」みたいなものだが、上野駅よりももっとゆったりと時間が流れているようだ。堂々たるファラボーン駅        【拡大】




 午後8時、ちょっとお腹が空いた章くんは、待合室全体を見渡せる、中2階のテラス・レストランへ登り、夕食を取ることにした。
 「コーラ」と言いかけて、章くん、待て待て…前回の訪タイのときに、新鮮な甘さに感激したスイカジュースを、今回はまだ飲んでいないことを思い出し「ワ〜ラ〜メロン・ジュース」と注文した。 中2階のテラス・レストランにて

 食事は、確かメニューにライスボールと書いてあったから、おにぎりがでてくるのかと思って頼んだところ、炒飯そのものが出てきた。ピリッとした辛さとかぐわしい風味があって、これはこれで美味しかった。
 食事のあとは、チャイナタウンをぶらつき、ブラブラと歩いてホテルまで帰ることにしよう。

 ファラボーン駅から、章くんが泊っているエレガンス・ホテルまでは、地図で見ると約3Km、歩いていっても小一時間で着くはずだ。チャイナタウンを抜けて、チャルンクルン通りを南へ歩けばよい。
 と、歩き出して程なく、自分がどこにいるのか、さっぱり分らなくなってしまった。章くんは土地感や地図の見方には、絶大な自信を持っている。今まで、世界のどこに行っても、簡単な地図さえあれば、まず迷ったことはない。
 ところが、タイはいけない。通りの名前が読めないのだ。現在地が特定できないのだから、どちらへ行けばよいのか判らない。しかもこの日は夜…、景色も遠くは見えない。『ええい、最後はタクシーかトクトクに乗ればいい』と覚悟を決め、見当をつけて歩き出す。夜は妖しい賑わいを見せるという、チャイナタウンの繁華街が目的地だ。
 しかし、行けども行けども、道の両側はシャッターを閉めた家ばかり。妖しくもなんともない。どんどん歩いていったら、チャオプラヤ川にぶつかった。


 帰ろ、帰ろ、10時を過ぎている。今夜は、チャイナタウンの妖しいネオンは諦めて、ホテルへ帰ることにしよう。
 川べりの道を南へ30分も歩けば、ホテルへ着くはずだ。でも、このあとも迷いに迷って、ホテルまで1時間少々かかった。



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