12月14日(日) 第47回衆議院選挙 -自公325議席の圧勝-
女性2閣僚の辞任や公認閣僚のゴタゴタなどで国会審議が滞り、また、どこから見ても消費税率のアップは避けなければならない局面なのに、財務省のシナリオに野田毅らが踊って「税率アップは産党合意の既定路線」などとナントカの一つ覚えのような事を言っている。それでは、「消費税のアップは先送り」と宣言して解散、同時に、ここまで安倍内閣が進めてきた経済政策・アベノミクスの継続の是非や、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、特定秘密保護法の施行、さらに、安全が確認された原発の再稼働、TPP=環太平洋パートナーシップ協定交渉、農協や労働制度の改革などを、国民に問うたわけだ。
結果は、自公の与党は参院で否決された法案を再可決できる3分の2(317議席)を超える325議席を獲得、圧勝した。
新政権は、まず、アベノミクス第3の矢を大胆かつ周到に放って、景気回復の基盤を揺ぎないものにし、中小企業や地方に回復の実感を届けることが、何にも増して求められる課題である。
景気回復で税収を上げ、産業の振興、教育・科学技術の向上、福祉・医療・介護の整備、そして国防予算を厚くして、揺るぎない日本を確立して欲しい。
目指すところは『憲法改正』である。大勢力となった与党ではあるが、急ぐことなくじっくりと丁寧に国民の理解に努め、時間をかけて改憲の機運を熟成することだ。公明党は改憲まではついてこれまい。次世代の党はもちろん、民主党や維新の党の中の改憲勢力を掘り起こし、共に大義を図ることができるよう、ゆっくりと手厚く進めて欲しい。
日本を、経済的にも、精神的にも、そして軍事力でも、自立国家として確立して欲しい。そのための「憲法改正」である。
● 民主党は増加とはいえ、寄せ集めツギハギの微増。海江田落選、枝野薄氷当選は、民主党を国民は許さないことの象徴だ。
未来の党、山田、中田議員の落選は虚しい、田母神氏が届かなかったのは残念。地方組織が整っていないことが致命的か。
小渕優子の当選は順当としても、松島みどりの当選には面食らった。辻元清美の当選にはのけぞった。三重1区 川崎二郎の11選、松田直久の比例復活当選を含めて、まぁ選挙とはこんなものか!
12月14日(日) 小唄 土筆流三代目家元「土筆 栄」襲名披露公演会

三重県総合文化センター中ホールで小唄「
土筆流三代目家元「土筆 栄」襲名披露公演会」が行われた。二代目家元の栄師匠が90ン歳の高齢になり、三代目を美紀ちゃんが次ぐことになったのだ。
一門社中の皆んなはもちろん、日本小唄連盟、同関西支部や藤間流舞踊一門などからも応援が駆けつけて、華やかな舞台であった。
かくいう僕も「土筆弘章」の名をいただく、一門の端くれである。ちょっと寝坊をして遅れたけれど、全71演目の50番目ぐらいに押取り刀で駆けつけた。
← ご祝儀の小唄振り
踊り手さんも、唄も鳴り物も、社中の皆さんです。素人らしくて、新鮮で微笑ましい。
「これからもよろしくお願いいたします」。新家元の美紀ちゃん…いや栄家元の挨拶も気負っておらず、いつもの調子だった。
芸事の大好きな家元だから、明るく新境地を開いていかれることと思う。いつもは美紀ちゃんだけれど、小唄の指導を受けるときは『家元』と呼んで敬語でお話させいただくことになる。
12月10日(水) 30年ぶりの焼肉
アメリカから友人が29年ぶりに帰国した。久しぶりの日本、「何が食べたい?」と聞いたら、「焼肉とラーメン」と言う。帰国してから、日本料理、中華、フレンチ…と案内してくれる機会は多いけれど、まだ焼肉とラーメンは誰も連れて行ってくれないのだと。
お安い御用…、ラーメンは1週間後のこととして、まずは焼肉!。章くんお薦めの松阪の焼肉店へ案内した。

大まかなアメリカンステーキでなく、きめの細かい日本の肉料理。まずは「松阪牛特上ネギ塩タン」を梅肉タレで。続いて、少し歯ごたえのある「松阪牛特上ハラミ」…、いちいち松阪牛特上がついているのがニクイ。
次、「レバ-」と「ホホ」。このあたりは焼肉の醍醐味だ。
「生センマイ」も…と思ったのだが、アメリカ帰りにいきなり柔突起は強烈すぎるかということでやめた。
そして定番の「とろける松阪牛特上カルビ」、締めは脂っ濃い口に、あっさりと雑炊ということで「クッパ」。
以上、焼肉屋フルコースA(?)に友人大満足。「年内もう一度…」、いや今度はラーメンだ。
12月4日 高専ロボコン
テレビが全国高専ロボコンの中国地区大会をやっている。高専ロボコンの始まりは1988年。単1乾電池2個で体重60キログラム以上の人を車に乗せて運ぶ『乾電池カー・スピードレース』だったとか。もう20年以上の歴史を経ていて、毎年、各高専が叡智を絞ってそれぞれの年の課題に挑戦している。世界大会もあるほどの、頂点の高い挑戦なのだ。
今年は凸凹道・坂道を越えて、何枚かのセイロを運ぶというテーマなのだが、ゴールまで運び切るチームはほとんどない。多くが障害物を超えることができず、立ち往生をしたり、バランスを崩してセイロをぶちまけたりしていた。中にはスタート地点から一歩も動かずに敗退というチームもあったりして、『ええのか、高専』と喝ッを入れながらの観戦であった。頂点の高さに比べて、この一歩の歩幅の小さいこと…。
敗れて、カメラに向かい、「4年間、勉強もせずにロボコン一筋に賭けてきたのに…」と泣きじゃくっていた輩もいた。……が、それでこそ高専生だ! 学生生活とは、何もしないで過ごすことなく、身にもならん勉強など糞くらえで、何かに打ち込む年月でなくちゃならん。
高専卒業時で、こんなロボットしか作れなくていいのか…と言いたいところだが、この子たちが町工場や企業で揉まれ、居酒屋で夢を語り合いすると、5年10年後には「はやぶさ」を打ち上げるようになるのである。ロボコンを忘れず、そして、決して『夢』を忘れるな。
12月1日 ナイターゴルフ
11月29日(土)、久しぶりに照明の下でのゴルフをした。30年ほど前、18番でとっぷりと陽が暮れて、18番のグリーンを自動車のヘッドライトで照らしてもらってホールアウトしたことがある。それ以来、夏場のナイターゴルフも、あんなのはゴルフじゃないとかなんとか難しいことを言って、照明灯の下のゴルフはしたことがない。
この日は午前10時21分のスタート。それほど遅くもないはずなのに、インへ出て行ったのが午後2時15分、18番のティグラウンドに立ったのは午後5時になろうかという時間であった。
アウトはしっかりと雨に降られたラウンド、午後からも分厚い雲が一向に切れようとしない一日だったから、午後5時はほとんど夜であった。こんな時は意外に曲がらないものだが、フェアウエイに放ったティショットのボールもなかなか見つけられず、セカンドショットに入るのにちょっと時間がかかってしまった。それでも、前も同じ状況らしくて、まだサード地点でウロウロしている。僕たちの後ろにまだ2組いたから、彼らも『ホールアウトできるンかいな』と心細かったことだろう。
サードショット地点から →
カメラの自動補正機能が働いて、
空なんかまだ明るいみたいだけれど
じっさいは夜の暗さだ。
僕たちがホールアウトしたのが午後5時25分、朝のスタートから実に7時間を要している。僕は前が混んでいようが遅かろうが、とんと気にならない方だが、この分ではこの時期のゴルフ場のスタートは9時30分を最終とし、それ以降はスタートさせないとしなくてはならないなぁ。
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