雑記帳 2014年 8月 
 

 
  思いつき、メモ、ぼやき、他のジャンルに入らないことがら
 誰かに送ったメールの抜粋 … などを記していきます。
  ほとんど根拠のない、気楽な話の羅列ですから、ご用とお急
 ぎの方はのぞかないでください(笑)。   (文中敬称略)

 

                  夏場を乗り切れ! →


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8月26日(火) 堂々と靖国参拝を -中韓の非難はイチャモン-

 今年の終戦記念日に安倍首相は靖国参拝を見送った。首脳会談の実現に向けての中韓に対する配慮なのだろうが、今さら繰り返すまでもなく、中韓の反対は政治的カードとしてのいわば「イチャモン」である。
 イチャモンに正当な理由は必要ない。とってつけたような文言を並べて「反対」を叫ぶ。歴代首相としても、これまで吉田 茂は4回、岸 信介は2回、池田勇人は5回、佐藤栄作は11回、田中角栄は5回など、数多くの首相が公的形式で参拝している。公式参拝と私的参拝の区別が論じられるようになったのは三木武夫からで、公私を分けねばならない客観的情勢は何もなく、自分から言い出したものである。昭和53年のA級戦犯14名を合祀した当時も、中国・韓国からは何の抗議も無かった。
 「靖国問題」が政治問題として始まったのは、昭和60年、朝日新聞が中曽根首相の靖国参拝に対し「中国が厳しい視線で凝視している」と書いたのが発端である。これに人民日報が反応し、互いに相手国を持ち出す形で反対運動を開始。そして中国外務省スポークスマンが「アジア各国人民の感情を傷ける」と、初めて公式に反対の意思表示をしたのが経緯だ。
 これを見ても、朝日が火をつけ、中韓が炎を上げ、日本国内の反日勢力と反日教育を繰り返していた中韓の政治勢力が、右往左往するその後の日本の内閣を見て、有効なカードであると活用しだしたことは一目瞭然だろう。腰の座らぬ日本の政治家たちを揺さぶるための、いわば「言い掛かり」である。

 『言い掛かり』とは「口実を作って、難癖をつけること。また、その事柄」(大辞泉)。そして、『いちゃもん』は「無理やり理由をつけて文句を言うこと」。その類語に、取るに足りない欠点を見つけてあれこれと悪く言う意の『難癖』、金品を出させる目的で、ゆすり、おどしをする場合に用いる『因縁(いんねん)』などがあるが、いずれも中韓の抗議にぴったりではないか。
 ちなみに靖国参拝は、大東亜戦争戦争を否定し軍国日本を改造するためにGHQが発した幾多の禁止令のどこにも「参拝反対あるいは禁止」とする文言はない。当時から世界には、「靖国参拝」を戦争を称賛する行為などという認識は全くなかったのだ。

 「言い掛かり」といえば、「大阪夏・冬の陣」の発端となった『国家安康』の銘文は、誰もが知っている「いちゃもん」だろう。
 秀吉が創建し,1596年の大地震で崩壊した京都方広寺を豊臣・徳川が共同で再建したところ、秀頼が担当した梵鐘(ぼんしょう)の鐘銘(しょうめい)に「国家安康」の文字があったのを、「家康」を分断胴切りにして撞木(しゅもく)で打つものと難くせをつけた家康は,これを機会に秀頼に徳川への臣従を迫った。秀頼はこれを拒否し,大坂夏・冬の陣が起き,豊臣氏は滅んだのである。

 「言い掛かり」とは、理由は何でもよいのである。しっかり反論して論破しなければ、言い掛かりは繰り返えされる。その問題が解決されれば、また別の事柄を材料にして「いちゃもん」が止むことはない。金品もゆすることができれば、願ったり叶ったりであろう。
 「言い掛かり、いちゃもん、難癖、因縁、ゆすりたかり、…」などといったことは、何にでも材料を見つけて言い出すことができるのだから、際限はない。人の土地を自分のものだと言い出す始末なのだから。

 断固譲らぬ気構えを示し、正面から反論して論破すること。相手が、これは言っても効果がないと諦めるまで、相手以上に強い意志を持ち執拗に対抗することである。「大人の対応」など、通用する相手ではないことを知るべきだ。
 片や、圧倒的な武力を以ってチベットやウイグルに侵略・制圧する国であり、一方は歴史的事実も確定できないまま日本は20万人もの自国の女性を性奴隷にしたと世界に告げ歩く国である。大人の対応をしている間に、尖閣は中共の海になり、世界の人びとの多くは日本人は残虐で卑しい国だと誤認識することだろう。
 安倍首相には堂々と靖国に参拝して欲しい。価値観を共にする国々には理解を求め、反対する国々には反対理由に対する反論をしっかりと示していくことだ。もはや、「靖国参拝」を忌避する理由は何もない。

   
8月15日(金) 69回目の終戦記念日 

 僕が、「大東亜戦争は、日本の犯罪だったのか? 今こそ、大東亜戦争の検証を!」と書き出して、大東亜戦争の見直しを訴えたのが、60回目を迎えた終戦記念日の頃でした。その後、僕の検証は遅々として進まず、未だ日清戦争の最中です(苦笑)。
 ここ7〜8年で、東京裁判の違法性はほぼ定説となり、日本の犯罪と糾弾されてきた大東亜戦争下の占領統治に対する評価は大きく変化してきました。日本が大東亜戦争を戦ったことにより、アジアの各国は列強の植民地支配から独立したことを、アジアの各国は事実として認識し評価しています。日本が併合して長年に渡り統治してきた台湾・朝鮮では、戦後、目覚しい発展を遂げましたが、これは統治時代に日本が資本投下してインフラを整備したこと、学校を建てて教育を進めたこと、殖産興業の芽を植えつけてきたこと…などに起因しています。(以下、【日本は今 272】へ)


   
8月10日(日) ゴ ジ ラ

 台風11号が頭上を通過していた最中、ハリウッド版「ゴジラ2014」を見てきた。
 謎の巨大怪獣に蹂躙される地球を、彼らの交信を聞いたゴジラが駆けつけ、サンフランシスコを滅茶苦茶に破壊しながらも、怪獣たちをこてんぱにやっつけて救う。

← プレゼンスクリーンから

 地球は、人類は、2014年もまたまたゴジラに救われた。

 昭和29年に東宝映画で誕生した「ゴジラ」は、以後28作もの遍歴を経て、今も変わらない人気を博している。ゴジラは何も語らず、誰も容赦せず、自分の気に入らないものを破壊し尽くす。「神」とは、まさしくそんなものかも知れない。
 謎の怪獣を制圧して海へと戻るゴジラの背後には、廃墟と化したサンフランシスコが灰燼の中に横たわっている。ゴジラの後姿はまた、文明社会の末路を示してもいるのだろうか。
 いつか消滅する運命を背負った人類社会だとしても、終末のその日までゴジラは人類の味方だ。大海原に消えるゴジラを見送って外へ出ると台風一過…、垂れ込めていた厚い雲はどこかへ消し飛んでいて、明るくなった空から薄日がこぼれていた。


   
8月6日(水) 朝日の誤報謝罪は、安部政権の成果

 5日に朝日新聞が「従軍慰安婦報道は誤報」を認め、謝罪記事を掲載したことは、歴史の事実に対峙し、日本の名誉を守ろうとする、安倍政権の確固たる姿勢の成果である。
 歴代の内閣が、「近隣諸国に配慮して」とか「女性の人権のために」などといいながら、真実を検証することを避けてきたわけだが、このあいまいで無責任な政治の姿勢に便乗して、「朝日新聞」をはじめとする左翼勢力は、事実を捻じ曲げ、虚報を垂れ流し、日本国民を欺き続けてきた。
 安倍政権が「河野談話を検証する」としただけでも、歴史に対する誤報や虚報はかくも見事に訂正された。安倍首相の公約「日本を取り戻そう」は実行されたのである。
 朝日の誤報謝罪によって、日本の左翼言論人は何を語るだろうか。大江健三郎は、吉見義明は、そして、ちょっとレベルが違うが田島陽子先生は何と言われるか…。「朝日新聞がどう言おうが、当時人権を侵害された慰安婦が存在したことは事実」などと、苦しい極論で問題点のすり替えを図るのか。
 「クマラスワミ報告書」の取り扱いはどうするのか、何よりも、韓国朴槿恵大統領の今後はどうなるのだろう。「正しい歴史認識」を日本に突きつけ、そのよりどころが次々と否定されていったとしたら、自らの言葉に説得力はなく、政治姿勢に信頼はなく、国民の支持は離れて、韓国の体面を汚したといった罵声を浴びせられることになるのではないか。
 戦後70年を迎え、終戦時の機密文書の数々がその秘密扱いの期限を終えて、これから次々と明らかにされてくる。日中戦争開戦の一発とされる「盧溝橋事件」の最初の砲撃は日本軍が発したというのが、敗戦した日本を裁く東京裁判以降の定説であったが、近年ソ連コミンテルンの文書公開によって、日中開戦を導くために中国共産党軍が国民党軍に向けて発したものであることが明らかになっている(それでも中共は盧溝橋事件のこの日を、今年も日中開戦記念日としているが)。
 虚偽を報ずるものは、歴史によって裁かれる。歴史に向き合い、一つ一つを検証して、世界に発信していこうとする安倍首相の姿勢をしっかりと支えていくことが、日本の国を強く正しくしていく一歩である。


   
8月5日(火) 「朝日新聞」、従軍慰安婦の誤報を認める

 下の記事(8月1日)を書いて4日後の今日、朝日新聞が慰安婦問題での大誤報を認めた。5日朝刊で「読者のみなさまへ」として、《吉田清治が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした》と記し、《女子挺身隊と慰安婦の誤用》などを認めている。

 従軍慰安婦についての記事を初めて掲載してから、32年がたっている。この間、朝日の捏造記事は世界に発信され続け、日本国と国民の名誉を著しく傷つけてきた。国連人権委員会の特別報告官ラディカ・クマラスワミ女史(スリランカ人)はその記事を頭から信じ込み、委員会へ「日本軍慰安婦は性奴隷」と報告書を出している。韓国は日本に繰り返し謝罪を要求し、当時の首相であった宮沢喜一は訪韓して8回もの謝罪演説をしている。この流れの中に「河野談話」も位置づけられるが、米国の方々の都市に「日本軍従軍慰安婦像」が建てられ、日本軍の蛮行が喧伝される事態を招いていることは取り返しのつかない罪科である。

 朝日新聞は、国民に詫びる気持ちが本当にあるのならば、世界に向かって「従軍慰安婦問題は存在しない」と発信すべきだろう。この誤解を解いて日本の名誉を回復してこそ、国民は朝日の贖罪を認め、謝罪を受け入れる。
 それでも、長年の間、朝日を読み続けた愛読者の心は取り戻せないだろうが…。

   
8月1日(木) 朝日新聞の罪科  -読んではならない新聞-

 従軍慰安婦の捏造、南京大虐殺の虚報、北朝鮮は地上の楽園、靖国神社参拝反対の口火…などの誤報・虚報を流し続け、最近では「大震災4日後の東京電力福島第1原発で、所員の9割が吉田昌郎所長(当時)の命令に反して、福島第2原発まで逃げた」と、命がけで事故の収集に当たっていた東電社員の作業を貶めるような記事にしている。
 この記事は、朝日新聞が政府事故調が28時間にわたって聴き取りをおこなっ「吉田調書」なるものを入手し、それを元に「吉田調書」キャンペーン記事に仕立てたものだが、調書の中には「自分の命令に違反して、職員の9割が福島第2原発に逃げた」という吉田氏の発言はどこにも存在しない。事故直後から今に至る作業員達の姿を、復興に取り組む住民達の日々とともに称賛をもって報じ続けた外国メディアも、多くが「日本人は逃げた」という論調に変わっているという。
 朝日新聞は、なぜここまで日本という国家や日本人の行いを、事実を曲げて悪しく報道し、日本や日本人を貶めようとするのか。あたかも、ソ連共産党(コミンテルン)が日本共産党に示した「32年テーゼ」を源流とする「反日的日本人の聖典」を忠実に履行しているがごとくである。日本の歴史を否定し、日本人の誇りを喪失させ、国家の瓦解を実行する…という筋書きである。
 朝日新聞の誤報あるいは虚報が、戦後日本の道を迷走させ、日本の国益を損なってきた事実は著しい。冒頭に挙げた「慰安婦・南京大虐殺…」などはよく知られている誤報・虚報だが、朝日が掲げた「非武装中立」によって日本人の多くは国防を忘れて自衛隊を鬼子扱いし、「観念的平和論」によって憲法改正や防諜規定などの整備を怠ってきた。「憲法9条があるから、日本の平和が守られてきた」などという無責任平和主義を蔓延させたことや、「集団的自衛権は戦争への道」といった恣意的な世論誘導によって、国際政治の現実が見えず、平和ボケした国民を作り上げてきたことは、取り返しのつかない朝日新聞の罪科であろう。

 かく言う僕も若い頃は「朝日新聞」を取り、「朝日ジャーナル」を読んでいた。『安保反対』と叫び、六列デモに入って機動隊と渡り合っていた。
 が、「浅間山荘事件」で学生運動に限界を感じ、「社会党」の無能振りを見せ付けられ、「ソ連・中国共産党」が民衆を裏切る姿を知って、いわゆる左翼活動の欺瞞を知るに至った。彼らの武器は秘密であり、虚偽の報道によって民衆を洗脳・扇動することが、彼らの常道であることに気づかされた。
 今なお民衆を欺き続ける「朝日新聞」は、読むと判断を誤る新聞であり、だから読んではならない新聞である。不買運動を起こすことが社会の正義を守る方法であろう。

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